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 ラベンダー

「今日で、三日目…」

珍しく難しい顔をして、机に向かって何かを考え込んでいたエマが小さく呟いた。
手元には何枚か書類がたまっていたが先程から全く筆先は進んでいない。


「な、なにか報告書に問題がありました…?」

「…え?」


何か深刻な問題があったのかとペトラはエマに声を掛けるが、当の本人は自分の発言にすら気付いていなかったようでペトラと報告書を何度か見比べた。

「…あっ!な、なんでもないのペトラ、ごめん。
これだけエルヴィンに渡してきちゃうね!」

急に我に返ったエマは手元の紙に素早くサインを走り書きすると、それを小脇に抱えて慌ただしく部屋を出て行った。

それでもその頭の中はもやもやと霧が晴れない。

…これで、三日目。
今までだって、こんなことなかった。
絶対、なにかおかしい。

大して遠くなかった団長室の扉をノックして、ドアノブを回す。

「−−−エルヴィン、書類を…」

言いかけて、部屋の中に一人でいたリヴァイと顔を見合わせる。

「…エマ」

いつもの様に名前を呼ばれて、少し胸が暖かくなるけど、もやもやとした気持ちを思い出してはっとする。


「エルヴィン、いないの…?」

「駐屯兵団のハゲのところだ」

ハ…、
あ。ピクシス司令官か…。
ピンときてしまうところが少し申し訳ない。

…予期せず二人きり。
こ、これはチャンス…!
じり、と気付かれないように扉を後ろ手に閉めて、ゆっくりとリヴァイに近寄る。

それに気付いてリヴァイも持っていた本をぱたんと閉じた。

「…今日は逃がさないからね」

少し非難めいてそう告げると、リヴァイはごく自然に目を逸らした。

「……何の話をしてる」

「私のこと、最近避けてるでしょ?」

その言葉が気に入らないのか、彼の眉間が露骨に歪む。
手に持っていた本を机に置いて、私の方に近付いてくる。

「…避けてない。
俺がいつでもお前に触りたいのは知ってるだろうが」

ぐっといきなり至近距離に身を乗り出してくる彼に思わずドギマギしてしまう。

うっ、でも今日は負けない…!
…そう、こんな風には近づくくせに。

「お前もしかして……触れって言ってんのか?」

「…えっ、言ってない…っ」

私より多少背が高いリヴァイがかがんで私の耳元に顔を寄せる。
彼の体温の香りがするくらい近付いて、ぞくっと体が反応した瞬間に書類を取られ、それと同時に腰にリヴァイの両手がまわった。

そのままダンスでもするかのようにくるりと扉の前まで移動して、ドアが開かないようにリヴァイが寄りかかる。

その合間に机の上に書類が置かれたようだった。

「…リヴァイ、ちゃんと聞いて…っ」

私の肩に、もたれかかる様に頭を置いたリヴァイはそのまま首元にキスを落としていく。
首の後ろから小さく唇で音を立てながら前にも周り、つつ、と喉まで移動する。


「……聞いてる」


絶対、聞いてない…!
誤魔化されてるのが分かるのに、甘い刺激から逃げられない。


「…リ、……っ」


仕事中なのに、誰が入って来るか分からないのに、と頭では考えるけどシャツの隙間からリヴァイの熱い手が背中に滑り込んで来て更に体が震えた。

耳にも何度もキスをされて、あんなに問い詰めようと思ったのに抵抗らしい抵抗も出来ず、ただ彼のシャツを握り締めるだけだった。

息が上がって、もうあまりはっきりと物事を考えられなくなった私の顎をリヴァイが捕まえて上を向かせ、顔が近づく…けど。

その寸前でピタリとリヴァイが止まって、何かを考え直したかの様に私の額にだけキスをした。

「…リヴァイ?」

「……仕事が残ってた、また後でな」

「えっ、ちょっと…!」

そう言うとリヴァイは身を翻して扉を素早く開き、すり抜けるようにして出ていってしまった。
焦って彼を掴もうとした手も間に合わない。
これには私も言葉を失ってしまった。

…やっぱり、おかしい。

この三日間程、私から近づけばいつも通りこうして触れては来るものの、
リヴァイからは寄ってこないし、何よりキスまではしてくれない。

こんなリヴァイ、おかしい。
復縁してからはどんなに忙しくて会えなくても、
合間を縫って顔を見せてはキスをしに来てただけに信じられない。

嫌われたようではないみたいだけど……???
一体、どうしたんだろう。

ーーーーーーーー

翌日以降も同じように私から探しに行かなければリヴァイを見かけない日が何日か続いた。
同じ班で、同じ本部内に出入りしてるはずなのに…!?
そんなに私が嫌ならそう言ってくれればいいのに。

はあ、とその日のファイリングをしながら重い息を吐くと、すかさずペトラが背後から声を掛けてきた。

「なんか、兵長もエマ副班長も最近ぼんやりされてますね。
お忙しいですからね…私、お仕事代わりましょうか?」

「えっ、大丈夫大丈夫!
ごめんね、ぼーっとしちゃって…」

心配そうな顔を見せるペトラに笑って見せて、それからもう一度振り返った。

「リヴァイが…ぼんやりしてた?」

「あ、はい。
特に今朝見かけたときはそうでした…私にも気づいてなかったみたいで…」


私ならともかく。
リヴァイのそんなところ、見たことない。
確かにこのところ仕事が重なってた。
忙しすぎて倒れるなんてこと、彼に限ってないと思う、けど…!

このところおかしかったのはそれに関係あるの?

ペトラから今朝リヴァイを見かけたという会議室を聞き出し、
心配でいてもたってもいられず席を立った。

ーーーーーーー

あまりひと気がない外れの一室で、探していた姿を見つけた。
…通りで、見つからないわけだ。

椅子の肘置きに頬杖をついて、漆黒のまつ毛を伏せている。

…寝てる?
それも浅い眠りじゃない。
まさか。
あのリヴァイが?

キシ、と床がなっても顔を上げない彼に歩み寄る。
顔を近づけて、名前を呼んでみる。

「リヴァイ…?」

ふ、と長い睫毛が動いて、丸い瞳が私を映した。

大丈夫、と訊こうとして、まだぼんやりしている瞳を覗き込んだ。
…まだ、半分寝てる?
彼の熱い両腕が私の両手をゆっくりと掴んで、否応なくリヴァイの膝の上に座らされてしまった。

熱い、体。

熱くて、ぐったりしてる。

私の腰に手を回して抱き着くリヴァイは、怠そうに目を閉じたまま。

慌てて彼の頬に触れると、いつも以上に彼の体温が高いのが分かった。

次いで、そんなタイミングでごほっ、と咳き込むリヴァイ。

………か、
「風邪引いてたの……、リヴァイ」

首をくたりと力なく私に預けて、苦しそうに息をする。

「……だろうな。
何年も引いてねぇから度合いが分からん……」

更に咳き込むリヴァイは、ハッとしたように私の体を離した。


「悪い……離れてろ」

「なに言ってるの、病気の時に…。
今日はもう部屋に戻って休んで。私も行くから」

そう言ってから、はた、と思い当たった。

もしかして。


「リヴァイ、その風邪……今週中ずっと引いてた?
だから私を避けてたの?」

「…避けてないと言っただろうが」


今、離れてろって自分で言ったくせに…!
素直にならないリヴァイに私もつい言い返してしまう。

私の肩を持って離れさせようとする彼の胸元のシャツをこの前より離さないよう強く握り締める。

「……避けてないなら、キス、して…」

…嫌われたかもって思って結構悩んだんだから。
抱き締めたり、離そうとしたり、はっきりして欲しい。

…キス、したくないからしなかったの?

「……避けてない。
ただお前に移したくないだけだ。
今の時期は忙しい、考えれば分かるだろ」

「だから…!
移していいって言ってるの。
リヴァイがしたくないなら…しない…けど…」

なんだか、急に恥ずかしくなった。
…こんなにキスのことで躍起になる自分に、我に返って赤面した。

「……そんなもの決まってるだろうが」

リヴァイの熱い指が、煽情的に唇に触れて思わずぴくりと反応する。
少しだけ指で口を開かれて、リヴァイの中指が唇の柔らかい部分に触れる。

つう、と下唇を辿り、不意にその奥の歯までなぞる。
熱っぽい色を瞳に映して、リヴァイが低く囁いた。


「……舌を出してみろ」


彼に捕まる手が震えるくらい恥ずかしい…のに。
この視線に絡め取られると、身動きが出来ないーーー。

戸惑いながら、こじ開けられた唇から、少しだけ見えるように舌を上げる。

その瞬間にリヴァイの指がくっと口の中まで入って、舌の先の、ほんの敏感な部分を歯に沿って撫でた。


「ーーーっ!」


ぴり、と疼くような甘さが手を伝って背中まで到達し思わず力が抜けた。
それを見て、リヴァイも口からぱっと指を放して私の腰を支える。

「……キスはなしだ。
俺の本意じゃないって分かってんだろ」

腰を支える彼の手もいつもより熱い。
熱いけど、その手が少しずつ私の体を這う。

その熱に、浮かされそう。

「……もう本部に戻れ、ーーー!」

そう言いかけた彼の顎を両手で手繰り寄せて、気付けば私は自分からキスしていた。
目を閉じて、熱い彼の唇を感じる。

リヴァイの膝の上に乗って、彼の言うことを破って。

あ、と思って瞼を開くと、いつもより目を丸くしたリヴァイと目が合った。

…やってしまった。
でも、キスしてもしなくても風邪は移るというし。

「…私がしたかったから、いいでしょ?」

開き直ってそう言うと、一瞬沈黙したリヴァイが、ガタンと私ごと席を立った。

「…!?」

体を持ち上げられて、椅子の目の前にあった机の上にドサリと倒される。


「あ…っ」



顔の横にリヴァイの両手が置かれて、さっきまでの体制とまさに逆転して組み敷かれた。
ずい、と間近でリヴァイに見下ろされる。

「人の話を聞かねぇつもりか」

「……っ、ごめん」

でも、すぐ近くにあるリヴァイの唇に私はもう我慢できなかった。

熱のせいか分からないけど、滅多に聞かない彼の甘い言葉も聞けたし、
なにより自分がこんなにキスがしたかったなんて、いま初めて知った。

手を伸ばしてリヴァイの首を引き寄せ、もう一度自分から唇を合わせる。
また少し驚いた顔が見えて、なぜだか無性に愛しくなって笑ってしまった。


「……人の心配を無下にしやがって…」


今度こそリヴァイの手が私の顎を捕まえて、彼の唇が降ってくる。
…気持ちが、溶ける。

指でそうされたように、彼の舌が少し口をこじ開けるように舐めて、中までするりと入り込んだ。
柔らかい舌はとろけるくらい熱くて、私の口内を淡く味わい尽くす。

指とは、また違う。

熱く、柔く自分の舌を刺激されて翻弄されるばかりだった。

角度を変える度に響く水音がさらに羞恥心を煽って、でもリヴァイから与えられるそれが気持ち良い。

体温を分け合うキスは心地良くて、唇を離した時には二人とも肩で息をしていた。

恍惚とした頭で見つめ合うけど、ずるり、と自分の上に崩れるリヴァイを見て思わずハッとする。

熱が上がっちゃった……!?


「ご、ごめんね私…!
リヴァイ、大丈夫……?」

「……ああ…」


ぐったりしたリヴァイの体は私一人の力では部屋まで運べなくて、結局リヴァイ班のみんなに助けを求めた。




───────




結局その後風邪は無事に(?)私に移ってしまい、
自業自得の私と少しご立腹のリヴァイとの間で再度キスの攻防戦が行われたりしていた。


そんな中、リヴァイ班班員及びエルヴィンの内心は今年一番の密かな驚きに満ちていたようだ。




「「人類最強も、風邪引くんだな…」」








ラベンダー
おわり



      


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