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 サルタナ 45

室内は薄い闇に包まれていた。

時折どこかで何かの音が聞こえるが、それもひどく遠いものだ。
全ての感覚が遠いこの空間はひどく落ち着く。

ゆっくりと瞬きをすると次第に瞼が重くなる気がした。



カタ、


(───!!!)


他に誰もいないはずだったのに、物音が急に近くで聞こえて飛び上がった。

弾かれたように顔を上げると同じように目を驚いたような表情の彼と目が合ったので、すぐに息を吐いた。


びっ。

「……くり、したぁ…」


思わず口から飛び出た言葉は独り言に近かった。

私はいつものようにあの部屋で、微かに届く光を頼りに、急ぎでも書類を流し読みしていた。


「……こっちの台詞だ。
こんなところで寝るな」


いきなり現れた彼の姿に信じられないものを見る気分だった。

どっどっど、と大きく跳ねたまま、
心臓は落ち着く気配もない。

こんなに静かなのだから彼の足音も閉めていた扉が開く音も聞こえるはずなのに。



「寝て…寝てました?私」



焦って手元の書類を確認するけど、一枚も床に落ちることなく死守していた。
よかった、全ての緊張が解けていたわけではないようでほっとする。


「寝ぼけてるのか?」

「そ、うかもしれないです。
ごめんなさい……」


室内へ歩みを進めた彼は、どさりとソファに腰掛けた。


「お前は謝ってばかりだな」


呆れたように彼が一息つくのが分かった。 

今何時なんだろう。
彼もきっと仕事で疲れているはずだ。


「紅茶、淹れましょうか?
今日は冷えますし…」

「いや、いい。」


間髪入れずに断られたので少し驚いてしまった。
そういえばこんな風に断られるのは初めてかもしれない。


「あ、はい…」


落胆する自分の気持ちにはっきりと気付いてしまった。
少しだけでもこの人の為になれればと思っているから。

意図せずに、その気落ちが声に出てしまっていたのかもしれない。



「また今度、明るい時間でも頼む」



そんな私に気付いているのかいないのか、彼らしくない一言が聞こえた。

優しくフォローしているようにも聞こえるが、彼のいつもの言動を思い出せばそれも考えすぎかと思えてしまう。
ただの偶然だと思いつつも、現金な私は途端に気持ちが丸くなった。


「……はい。」


思わず頬が緩むが、彼の雰囲気が硬いままなので慌てて顔を引き締めた。

なんとなく、だけど。

もしかして。
……もしかしなくても怒っているんだろうか。


「通達は聞いたはずだが、どういうつもりだ?」


切り出された内容にはっとした。
許可なく出歩くなとか言うアレか。

忘れていたわけじゃないけど、でもあれは…。


「あれは、本部を出入りする時だけじゃないんですか?」


彼はぴくりと片眉を上げた。


「……何だと?」


予想外の彼の反応に一瞬狼狽える。

え?
なんだろう、この反応。

「ええと。
あれは、本部で起こった暴行事件を警戒してそうなったって…」

言いながら、彼の表情がこちらを睨みつけるようなものになったことに気が付き途端に発言が尻つぼみになる。


「聞いた、んですけど……」


なんでこの人はこんなに迫力満点なんだろうと、すでに脳内は現実から逃げ出しかけていた。

間を置くことともせず、眉間に皺を寄せながら彼はソファから少し身を起こす。


「それは誰に聞いた?」

「私は友人からですけど、知る限りかなりの数の兵士がそう話してて…」

「言い出した奴に心当たりは?」


「え、…」

っと。
彼に問われるまま記憶を辿ってみる。


私は言わずもがな、フランカから聞いて、その後に合流した班員の子も同じことを言っていた。

その次に食堂で隣になった隣の班の子が声を掛けてきて、兵舎に警備がつけられたことについて話して…。


あ、と思わず声が出た。
その際に違和感を覚えたのだ。


「言い出しかどうかは分かりませんが、警備に当たっている兵士からその話を聞いた子もいました。
あの警備兵は調査兵団の所属じゃないですよね?
だからそんな内部の噂を知っているのが少し不思議だなとは思ったんですけど…」


「…警備兵?」

「はい。あの、女性兵舎を担当してる…」

「ああ、それは知ってる」



そ、そうですよね。

女性の兵舎だけ警備されることも不思議だなと思ったが、暴力事件ということで女性の方が非力だから万が一の為にもという調査兵団らしくない理由を聞いてしまい、確かに、生物学的にはそうかと閉口してしまった。

いつもなら男性兵士に負けぬよう劣らぬよう、足手まといにならぬよう私達女性兵士に言うような調査兵団が、だ。



  


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