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 サルタナ 42

「───おい」

「……!は、はい、兵長」



昼下がりの調査兵団敷地内。
廊下を移動中、低い声に呼び止められて振り向いた。


背丈に似合わない、低くて抑揚のない声、と言ったらきっと怒りを買ってしまうんだろう。

だけど私には落ち着いた、良い音に聞こえる。
彼という人によく合っていると思う。

耳障りのいい、高すぎず低すぎることもない、声。


その顔を見た途端にフランカとの話の内容を思い出してしまい、どこかくすぐったい心地になりながらもそれを必死に隠しこんだ。


ふと目線をずらすと、彼の後ろには数名の兵士が控えている。
彼等もどこかへ移動中のようだった。

その中に、フランカの言っていたあの貴族の子の姿もある。

金髪碧眼。
その表情は華やかで無邪気だ。

なるほどなと小さく納得してしまった。
確かに他の男性兵士が浮足立っているのは確かなようだ。

こうして見るだけでも、彼女は男性兵士に囲まれてにこやかに談笑している。
男性なら、誰もがこういう女性に興味があるんだろうな、なんて。


「……おい、聞いてるのか」

「えっ?」


その一瞬の隙に彼が何か言ったようだったが、うっかり聞き逃してしまった。
その私の反応を見て彼は露骨に眉を寄せたので、焦ってすぐに聞き直した。


「ご、ごめんなさい。もう一度お願いします…」

「…チッ。
昼間に寝ぼけるなよ。
それはあれか、俺に振る尻尾はないってことか?」


彼の表情は一転、いつもの呆れかえったものになっている。


「…?
え、それはどういう…?」


言葉の意味を分かりかねて真顔で首を傾げるけれど、それに被せる様に彼の唇が動いた。


「他所では上手くやってるってのが余計にふざけてるが…」


けれどその声のトーンは独り言に近いもので、上手く聞き取れない。


「…?」


「まぁ、いい。
その話は後だ。
暫く訓練は止めだと言った。示達を聞いたんだろ?」


あ、あの許可がない出歩きを禁止するとかいうアレか。
兵士内ではまた何か問題があったのだとあれこれ推測が飛び交っていた。


「聞きました。了解です。
それって…何かあったんですか?」


そう聞くと、彼は何歩か後ろで立ち止まっている部下の方をちらりと見やってから、すぐに目を逸らした。


「お前が知る必要はない」


そう言うと同時に、彼は足を踏み出していた。
それに気付いて、しばし談笑していた彼の部下たちも続いて歩きだす。

突き放すような物言いに、どこかにちくりと針が刺さったような心地になる。

いつものことじゃないかと自分に言い聞かせながら。

去っていく彼の後ろ姿を、無意識に少しだけ見送った。
見慣れた黒髪が彼の部下に紛れてすぐに見えなくなる。

それから私もすぐに向き直ったので、すれ違いざま、噂の彼女が私を一瞥したことに気づかなかった。





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ふわりと、手入れの行き届いた金色の髪が揺れる。



「リヴァイ兵長」


形の良い唇には薄く、いつもの様に紅が乗せられている。


「…何だ」

「今の人は?」


鈴が鳴るような声で話しかけられるが、リヴァイは振り返らずに返事だけ返した。


「7班のやつだ」


いつも通り、温度のない返事を聞いても彼女の無邪気そうな表情は変わらない。


「何を話されてたんですか?」

「業務連絡だ、聞こえてただろ」


そのまま脇目も振らずに歩を進める上司の妨げにならぬように、それまでぴたりと彼に合わせて歩いていた彼女は少し歩幅を緩めた。

自然と、後ろの男性兵士達と並ぶことになる。


「……ふぅん」


小さく零すように吐いた言葉を聞きとる者はいなかった。


道を遮るのは簡単だけれど、下手に邪魔をすれば印象を悪くするだけだ。

特にこの相手は今までの男とはかなり勝手が違う。

無闇やたらに言い寄ってくる珍しい物好きな女達は他として、特に女の影は無いと思っていたけれど。
彼にはまだその気はなくても、向こうはあながちそうではないようだし。


───目は、口ほどに物を言う。


けれど急ぐことはない。

こちらは長期戦なのだと、薄く紅を引いた唇は静かに弧を描いた。



  


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