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 サルタナ 38

彼の行動の意図が全く掴めず、その姿を目で追うことしか出来ずにいた。



彼との間に落ちる沈黙はもう慣れたものだったけれど、それでも今夜は自分から何を言えば正解なのか到底分からず、慎重に彼の出方を伺った。



私から手を離した彼は今度はこちらに背を向け、その表情を窺い知ることも出来ない。
最も、彼の表情を見たところでその機敏を読み取るのはものすごく難しいのだけれど。


「紅茶」


そして半ば諦めかけた頃、静まり返った室内に彼の声が響く。


「……あっ、紅茶ですか?」


すぐに淹れてこよう。

先程の彼の行動に驚くあまり紅茶の存在さえ忘れかけていたけれど、我に返り立ち上がろうとした。

それなのに、更に続く彼の言葉は私を仰天させるばかりだったのだ。


「淹れてやろうか」

「…えっ!?」


兵長が…!?


勿論、当初は私が淹れてばかりだった紅茶を彼が自分で飲むことはあったようだ。
けれど彼からそんな言葉が聞けるなんて夢にも思っていなかったので、驚きのあまり声が裏返ってしまった。

驚きと、それ以上に素直に嬉しいと思いつつもすぐに思い直した。

確かに紅茶は嫌いではないけれど、彼ほど好んでいるわけでもない。
それに元々、フランカから譲ってもらった茶葉は全て彼の為にもらったものだ。


「……あ、ありがとうございます。
でも、お気持ちだけで。
あれは兵長に少しでも疲れを取ってもらおうと思って貰ったものでもあるので、……!」



と、そこまで言いかけたところではっと口を閉じた。
これは言わなくてもいい情報だと、滑らせた口をすぐに後悔した。

ちらりと彼の顔色を伺うと、無表情ながらも不機嫌なわけではないようだった。


「…ほう。そんな効能があるのか」


真面目にそう返されると、なんだか恥ずかしくなる。


「こ、効能というか。
そんな話を聞いたこともあるようなないような」


フランカから軽く聞いただけの情報だ。

実際にそんな効き目があるかどうかも眉唾ものだが、彼が紅茶を気に入ったときから、そんな効能があるのなら余計に飲んでもらってよかったと思ったものだ。


「他には?」

「…はい?」

「他にはどんな効き目があると聞いた」


こうして突っ込まれるなんて思ってもいなかった。

えっとですね、

なんて言葉を濁しながら、変に思われない程度の情報を伝えようとしたのだが。


香りと風味が脳をリラックスさせるだとか。

茶葉に含まれる成分が慢性疲労に良いだとか。

仕事が多いときに飲めば眠気覚ましや気分転換になる、だとか…。


どれを取っても彼の身体を心配しているようにしか聞こえない気がして、慌てて誤魔化した。

こんな、何でもない間柄なのにこんなことを言ったら何と思われるか。

ハンジさんから兵長の仕事が忙しいと聞いてからは実際に心配していたこともあり、その事実を彼に知られたくはなかった。


「他には、特になにも…。
美味しいだけで充分じゃないですか?」


捲し立てるように言うと、彼はまたじっとこちらを見つめているようだった。


覗き込むようなその視線が、今日はもの凄く居た堪れない。


「…顔が赤いようだが」

「そ、そうですか?
気のせいです」


暗闇で私の頬が微かに赤いことに本当に気づいていたのか、それともただ単にからかっただけなのか。

その瞳にどんな感情が込められるのか、私には知る由もない。


微かに光が届くような薄暗い室内で、本当に見えていたのなら彼の夜目は相当効くということだろう。


「そうだな。
美味いから飲む、で俺には充分だ。
お前は……本当に要らないんだな?」


そう言って彼は、物置横の机の引き出しから慣れた手付きで紅茶の茶葉を取り出す。

そ、そんな言い方されたら。



「……じゃあ、頂きます」


「俺はこれから本部に戻るが、お前は部屋に戻って寝ろ。
そういう場合、お前の分はあまり濃すぎない方がいいんだろ?」

「……え?」


紅茶の濃さまで口にするようになった彼に、少し違和感を覚えた。

私、そんなことまで説明しただろうか。

確かに強すぎる紅茶は眠れなくなるし、私は体質的にカフェインに強くない。


色んなことを知っていたりする彼のことだ。
紅茶の他の効能まで、実はしっかり知っているんじゃないか、なんて。


「…あ、はい。ありがとうございます……」


間の抜けた返事をしながらそう思ったものの、確かめる勇気もなく。

結局、彼の淹れてくれた紅茶を有り難く頂いたのだった。



  


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