△ サルタナ 35
「その娼婦買いの話ですけど、それって一般兵士だけじゃなくて上官の人達の利用もその問題に含まれているんですか?」
何気なくフランカが口にした疑問に、自分でも驚くほど動揺した。
上官と言う言葉で、私の脳裏に浮かんだのは何故かあの不機嫌そうな横顔だ。
いつか誰かから聞いた、男性同士でそういった場所へ向かうのは兵士間の交流や接待の一環でさえあるという話を思い出していた。
彼の出世は異例中の異例だと、今一度自分の中で繰り返す。
彼は違う。
そんな方法で上司や周りの機嫌取りなんて絶対しないタイプのはずだと思えば思うほど、どうにも心臓がどきどきと音を立てていった。
行くんだろうか。
彼もそういう場所へ。
妖艶な女性と一夜を過ごすんだろうか。
彼とおよそ性的なものを結びつける要因が今まで皆無だったこともあり、急に喉元からそわそわと落ち着かなくなる心地がして。
無意識に、兵団ジャケットの下に着ていたシャツの襟元に触れていた。
彼はそういうことには興味はなさそうだけど、冷静に考えると健康な男性なら誰でも行くものなんじゃないだろうか。
もしかして。
もしかしてもしかしたら、彼だってそういう所へ行くのかもしれない。
彼も兵士である以前に、一応は男の人なんだし。
女の人に興味がないわけがない…よね?
「うーん。
今回に限っては私からはなんとも言えないが、勿論そういう場合もあるんだろうね。」
ハンジさんの言葉を聞いて、気付けば口を挟んでいた。
「あ、あの。
そういう所って、男性は皆利用するものなんですか?」
即座に、ん?という視線が二人から向けられる。
思わず目が泳いだ。
「あ。
例えば、ですけど。
団長とか兵長とかも、そういう所へ行くものなのかなって」
フランカはその質問の真意も知らずに「ああ、目立つよねそういう人たちは」と返してくれたが。
ハンジさんの表情を見て、私は思わずしまった、と思った。
ハンジさんには私と兵長が知り合いだと知られていることも今更ながら思い出す。
咄嗟に団長の方を先に置いてみたのに、そんな浅知恵は無駄だったのかもしれない。
だって、気のせいかもしれないけどその口元が意味ありげに歪んだ気がしたのだ。
「…どうかな。
エルヴィンは通ってないと思うけど。
もしかしたら人知れず懇意にしてる店なんかがあるかもしれないけど、絶対に尻尾を出さないと思うなぁ」
それは言えてますね、なんて、その分析に対してフランカが妙に納得した声を出す。
そこまで言ってから、ハンジさんは私とフランカに思い切り笑顔を向けて言うのだ。
「で、リヴァイの方は。
二人はどうだと思う?」
「リヴァイ兵長?」
「どうって、……」
私は言葉も出なかった。
フランカの方が、少し考えてから口を開く。
「兵長も通うところを人に見せるタイプじゃなさそうですけどね。
でもこそこそ隠れることもしなさそうな。
どうなんでしょう。
なんか、実は、すごく激しそう。」
「えっ?」
予想もしなかった単語が出てきて、今度は思い切り狼狽してしまった。
それを見て、ハンジさんが嬉しそうに声を上げた。
「おっ。
いい線行ってるじゃないかフランカ!
私はね、リヴァイは男も女もあまり気にしないんじゃないかと思ってるんだよね。
ただ、一度ハマった相手にはとことんハマるんじゃないかと思うよ」
「それって兵長が一途ってことですか?」
「うーん、それもどうか分からないけどね」
二人の会話に、私はまるでついて行けなかった。
その場に出た単語ばかりがぐるぐると頭を回る。
激しそう?
男も女も気にしない?
…いちず?
二人とも、あの兵長のことについて話してるんだよね?
それって私の知るあの人と同じひと?
「なんだ、エマはあまり男慣れしてないのかな?
経験がないわけじゃないんだろう?」
私の反応を見て、ハンジさんが不思議そうに私の顔を覗き込む。
それに即座に返答したのはフランカだ。
「経験がないわけじゃないみたいなんですけどね。
あまり興味がないみたいで」
私が何かを言う前にそう迷わず答えるものだから、目線で思い切り抗議してみるが。
それでも彼女は悪びれずに「でしょ?」と得意げに笑みを零すので、こちらは文句らしい文句も出ない。
どうやらここでの私の発言権はほとんど無さそうなので、否定も肯定もする暇もなく諦めた。
対するハンジさんは、変わらず満足そうな表情で私達二人を見比べている。
「いいじゃないか。
何事も変化は重要だ。
私のように見たまま感じたままの情報が実は合っていたりするからね!
私もフランカと同意見だね。
ちなみに、リヴァイの場合はそれに加えて更にしつこそうだと思ってる」
「あー!なんか分かります、ねちっこそう」
なんだかいろんな場面で意味深なハンジさんの言葉に逐一動揺しつつ。
それに気付いていなさそうなフランカを見ては少し安堵する。
そしてまた、飛び交う単語単語に困惑するのだ。
「し、しつこい。ねちっこい…?」
最早何の話なのかも聞ける雰囲気ではなくなっていた。
早くも会話に参加することすら放棄しかけるが、それも同室の友人に素早く引き止められてしまった。
「エマ、勉強だと思ってしっかり聞いてて!」
「そうそう。何事も勉強だ」
そこから更に意気投合する二人に、私は完全にお手上げ状態だった。