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 サルタナ 31

「兵長って、いつも団長の執務室にいるんですか?」

「何だ、急に」

「探してみると見つからなかったので」


彼の居場所を探し回ったとき、あまりにも情報が少なすぎて驚いたものだ。
誰に聞いても分からないと言われたから、どこかに隠れているのかと思った程だった。


その質問に彼も思い当たることがあったのか、ああ、と声を出した。



「立て込んでた時期だからだ。
普段ならあれほど本部から離れることはない」



本部から出ていたんだ。
だからあんなに見つからなかったのか。

理由が分かって、ほっとしてしまった。
次からはもう少し簡単に見つかるのだと思うと。


そこまで考えて思考が停止した。


思うと、……え?

思ったからって、なんなんだ。


自分の気持ちが分からなくなって、それを落ち着けるために考えが纏まらないまま口を開いていた。


「そ、そうですよね。
だって前までは本部の廊下とか、食堂とかでも結構見かけてたのにって思って……」


あ、あれ?
なんかおかしい、と思ったのは自分だけではなかったようで。


「……なんだ、よく見てるな」


淡々とした、抑揚のない声質がこれ程までに気になったのも初めてかもしれない。
彼の感情が読み取れないこともいつも通りのはずなのに、それが今はとてももどかしい。

いつも通りの彼の声が今日はなんだか物凄く恥ずかしい、なんて。


「あ、いえ。たまたまで…」


これは少し黙った方がいいかもしれないと口を噤んだ。
驚くような彼の台詞が聞こえたのは、それから一泊ほど置いてからだった。



「気になるのか?」


「え?」



顔を上げると、こちらも感情の読めない瞳と目が合った。


思考が停止した。


……気になる?

なにが?
誰が誰を?

というか、そんな質問を彼からされるなんて。


「以前は関わりたくないと言っていたが。
それはもういいのか?」


…今更だ、と小さく思った。

心臓が止まるかと思うような質問だったのに、当の本人を見ると他意は無いようだった。

ただ単に素直な疑問だったようで、心の底から安堵した。
深読みされれば困るからだと、私は自分でもその焦りに気付かないまま。


「…あ、そうですね。それはもういいんです」


だってほら、そんな答えに彼は興味も無さそうで。
「そうか」と答えるだけ。
そんな様子がまた、胸の中を訳もなく落ち着かなくさせる。

思ったままに聞いてもいいのかと、いつまでも取っておこうとしたはずの質問が不意に顔を出す。

耐えきれず誘われるまま口をついて出ていた。




「───あの。兵長は、どうなんですか」



聞いていいのかいけないのか。

それもこんな彼の前ではもう判断できなかった。
受け止めてくれるのではないかという甘えが、今はもう確実にあったから。

質問する度に近づけるんじゃないかと。
そう思ってしまうから。


「どうして……調査兵団に居続けるんですか。
何か目的があるんですか…?」


口にしてみるとなんて不躾な質問なんだろうと思う。

彼の過去も、思いも何も知らないまま、自分の好奇心だけで聞いて良かったのか。
今でもそれは分からない。

そう聞いたときの彼の瞳の色も見えないままだ。


聞こえたのは、ただ呟くような自嘲するような。

どちらにも似て。
どちらとも取れないような声だった。


「……目的か。
どうだかな」


その強い光から目を逸らせなかった。
鋭くて、少しだけ怖いその瞳。


「…お前はどうだ?
この前はかなり参ってたみたいじゃねぇか。
辞めようと思わねぇのか」


彼と会うのは薄暗い中が多い。
その瞳の色は本当は何色なのか。
私はそんなことも知らない。

この前は、参っていた。
彼の目にもそう見えたのなら相当だったのかもしれない。

確かにあのときは全てが淀んで見えて仕方なかった。
けれど気付けば動くしかなくて。
そのきっかけをくれたのも、他でもない彼だったじゃないか。


情けない自分を見られたくないと思うのと同時に、彼が一番私の未熟な部分を見たことがあるのだと思う。


深いところは何も知らない。
踏み込むことも許されるかどうか分からない。


それでも思ったままの心をそのまま分かってほしいと思う人は、この人以上に会ったことがなかった。


「……分かりません。
今も答えが分からないままです」


自分の言葉がなんて足りないんだろうと思う。


初めて壁外へ行ったときもそうだった。
その次のときも、その次も。

いやだと何度も思ったし、逃げたいとも思ったはずだ。
何が自分の原動力で、本当は何を成し遂げたいのか。
見えていたものも突然見えなくなり。

でもその内に気付いてしまった。
そんな大層なものなんてなくても壁外には行けるし、無力なまま、また生き延びてしまう。


でも、もし。

もしこのまま辞めてしまったら、ここまでの全てが無駄になってしまうんじゃないか。



「……それでも、それが分かるまで辞めようとは思えなくて」



こんなに辿々しい言葉の選び方でで、この人に何か一つでも伝わっているんだろうかといつも不安になる。

こんな感覚は初めてで。
だけど彼に出会ってからは、ずっとだ。

伝わって欲しいと強く思いながら。
半ば祈るような思いで少し離れた場所の彼を見つめていた。




「……そうか」



やっと聞こえた彼の返事は、いつも通りの短くてなんの変哲も無いものだったけれど、どこか柔らかさを含んでいるようにも聞こえた。



そのときの彼の言葉を。
私は、今でも思い出す。



「───そうだな。俺も似たようなもんだ」




  


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