△ サルタナ 27
別って、何がでしょう。
先程から話が見えない私とは対象的に、ハンジさんが素早くそれに反応した。
「あっそうなの?」
明るくそう言って、彼と私を見比べるように忙しなく振り返ってはまたこちらに笑みを向ける。
つられて私も唇の口角を上げてみた。
けれど場の空気がいまいち掴めないだけに、とても不安だ。
「……そいつも一応は班長だ」
「そうかそうか、そういえば何度か顔を見たことがあるよ」
なんだか、一応という言葉が必要以上に強調されて聞こえたけれど気のせいだろうか。
突っ込むことも出来ずにその場を見守るしかない。
二人が何か口早に言葉を交わしてるのが聞こえ、すぐに焦げ茶色の髪が揺れてもう一度こちらを振り返った。
「いやぁ、悪かったね。
近頃興味本位で新米兵士長の彼に言い寄ってくる新兵たちが多いらしくて」
聞こえてきた言葉がやけに耳に残ってしまった。
また更に脳内の疑問符が増えていく。
このとても不愛想で、言動も乱暴な彼に?
そう思ったら、気付けば口を開いていた。
「そ、それは……
怖いもの見たさとかで…?」
素直な疑問を口にすると彼は眉根を寄せて、ハンジさんは耐えきれずといった様子で軽く吹き出した。
「はは!
いや、私もその辺りが物凄く腑に落ちないんだけどね」
そう説明してくれる声はどこまでも明るい。
「どうも兵団創立以来の異例の出世だとか、今まで無かった階級まで作らせたエリートだなんて少々大袈裟な噂が独り歩きしてるみたいなんだよ」
と彼女は続けた。
「そこで私が、哀れな彼女達がリヴァイの毒舌、毒牙にかかる前に助けようと思ってたところでね」
「…ちっ、くだらねぇ」
楽しそうな分隊長と、いつも通り不機嫌そうな彼。
けれどその関係が良好なのは明らかだ。
ハンジさんと兵長がこんなに仲が良かったなんて全然知らなかった。
彼の盛大な舌打ちも、ハンジ分隊長にはどこ吹く風のようだ。
彼のあからさまな不機嫌さを気に留めることもなく、彼女は滑らかな動作で私に右手を差し出してくる。
「こうして話すのは初めてだね。
私はハンジ・ゾエ。よろしくね」
「あっ…こちらこそ。
エマ・ミョウジです、よろしくお願いします」
少し驚きながらも、反射的に差し出されたその手を握り返していた。
眼鏡越しの笑んだ瞳と目が合う。
「リヴァイと仲が良いようだけど、二人は同じ班なの?」
え?
私の方が二人は仲が良い、と思ったのに、ハンジさんからするとそんな風に見えたのだろうか。
でも。
そう見えたなら嬉しい…けど。
どこか不思議な心地になって、反射的に答えた。
「いえ、違います」
「あっ違う班なんだね。
ん?じゃあどんな関係?」
どんな関係……?
どんな関係なんだろう。
私の方が聞きたい。
その質問には少し困ってしまった。
自分達の遠からず、かといって近いわけでもないこの距離感を呼ぶ名前が全く思いつかないのだ。
助けを求めてみるが、彼は先程から少し目を逸らしたままで、確実に聞こえているはずなのに考えようとする素振りさえも感じられない。
答える気もないらしい。
ただ、すぐにこれから彼に話す事柄から導き出された関係性に行き当たった。
これが一番近いのではと思い至る。
「えっと。
師弟関係、が近いかもしれないです」
自分では上手く表現できたと思ったのに、その答えを聞いた二人は対象的な顔をした。
兵長は眉間をまた少し濃く寄せたし、ハンジさんは更に笑顔を見せる。
正解ではなかったらしい。
まただ、このやってしまった感じ。
私って本当に気の利いたことが言えない、と幾度めかの失言を悔いた。