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 サルタナ 25

ふと浮かんだ考えを口にすると、途端に兵長の口が重くなった。



「……何故そう思う」

「え…?
特に理由はないですけど、なんとなく。
兵長ってそういうタイプなのかなと」



彼の口調が急に不機嫌そうになったので、フォローしてみる、が。
よく考えると何のフォローにもなってない気もした。


この反応だと図星だったのか。


『興味ねぇよ』なんて団長相手に突っぱねたのかと勝手に想像してしまった。
けれど団長の方が一枚上手だったということだろうか。

エルヴィン団長は人の心を掴むのが上手い。
人心を操るというか、相手をその気にさせることに物凄く長けている。

独裁政治の権力者がそうだったというように、言葉巧みに気づけば彼の思い通りに物事が運んでいるんだろう。
加えて、目の前のこの人は意外にも取り決めや規律に従順な面もある。
…見かけによらず。
さすがのこの人もエルヴィン団長には弱いんだろうか。


「日常的な仕事は特に変わりないが、お前との訓練での報告が思いの外役立ったようだ。
兵士の育成だとか力量を見るだとか……一般論での兵士長の役割はそんなところだろうな」


そうなんだと素直に思った。
なんだ、それなら。


「教官的な立場なんですね。
あ、ということは新兵以外も育成されるんですか?」

「一般論だと言っただろうが」


でも私は、彼にはその役がとても向いていると思った。


「兵長って、ぴったりだと思います。
教官に向いてますよ」


素直に思ったままを口にすると、彼の瞳が驚いたように少し見開かれた。


「……馬鹿言え。
俺ほど向いてねぇ奴はいねぇよ」


面倒見が良いとか、それよりやっぱり、彼には着いていきたいと思わせる何かがある。

鮮やかなその考え方に、その振れない流れに。
少しでいいから自分もあやかりたいと思ってしまう。

そうして彼と珍しいくらいの会話を交わすうちに、自分でも段々と呼吸が楽になっていく気がした。


「……気が済んだなら、さっさと戻って寝ろ」


唐突にそう切り上げられて、少し驚いた。

そういえば彼は一体この部屋へ何をしに来たんだろうか。

もしかしてここで寝たいとか。

元々ここは彼の縄張りだったことを思い出して、その言葉に促されるように椅子から立ち上がった。


「は、はい。
すいません、長居してしまって」


そう云うと、彼は眉間に思い切り皺を寄せた。


「長居するなら構わねぇが。
お前、仲間を救いたいだとか言うのは自由だがまず自分一人くらいの体調をしっかり整えてみろ。
寝るとか食うとか、基本的なことだ。
あとは好きにしろ。俺ももう戻る」



そう言い終え、彼は言葉の通りさっさとその場から立ち去ろうとするのだった。

これには言葉も出せずに彼の弘道を見守ることしか出来ずにいた、が、すぐにその足音が戻ってくる。


何事かと思い身構えていると、いつも通りの無表情のまま、「紅茶はあるのか」なんて聞いてくるのでちょうどその部屋の引き出しにもいくつか置いていたそれを手渡した。


それをしっかりと受け取りながら、彼は「次に手を出すなら」と呟いた。



「確実に助けられると思った時か、自分も死にたい時だけにしろ。
それ以外は隊列も乱れ遅れも出る。尻拭いをするのは周りだと忘れるな」



痛いくらいの正論に、私もやっとの思いで返事を返した。



「……はい」



それを聞いたのか聞いていないのか、彼は何の反応もしないまま今度こそその場から去っていく。


私も彼の後姿を見届けて、それから自室へと向かった。

こんな夜更けにこの別棟に来るのは、なんとなく彼を避けていたことと、眠っても繰り返し壁外での夢を見るからだった。

今日はこれから朝まで少しでも睡眠を取れるだろうか。

久しぶりに重くなり始めた瞼に、かすかな期待を覚えた。


部屋へ戻る途中、ふと窓から外を伺うと、雨足がほんの少し軽くなっているようだった。



  


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