△ サルタナ 24
「後悔してるのか?」
後悔?
しないことがあるんだろうか。
してます。
死ぬほどしてます。
言葉で言い表せないくらいに。
ぎゅう、と、握った両手の拳が震える。
「……はい」
「それは自分の行動をか」
この人はどこまでの詳細を知っているんだろう。
今回の壁外調査で私の所属していた班を含め、前後左右の部隊はほぼ壊滅状態だった。
直接の要因は大型の奇行種だったけれど、それでも自分がもっと善処できていればその分の味方を助けられたのではないかと思ってしまう。
自分の行動を後悔はしていない。
強いて言うなればそのタイミングだった。
一瞬の出遅れが最悪の事態を招くと分かっていたはずなのに。
「…行動は、悔いてないです。
ただもっと早く行動に移していればと」
かく言う私もその場に長く留まりすぎて、後続のハンジ分隊長の班が来てくれなければ残った生き残りの班員共々壁外に取り残されていた。
もう間に合わないと頭の何処かで分かっていながら、それでももしかしたらと期待をせずにはいられずに、仲間を飲み込んだ巨人の喉元から腹まで切り裂いていた。
それが最初の半分だ。
あとの残りは完全に感情に流されて、必要以上に深入りしていた。
「それは結果論だ。
行動自体を悔いてないなら結構じゃねぇか。
…で、…その傷は、その時のものか?」
言われて、額に巻かれた包帯に触れる。
「……」
助かった他の班員も重傷ばかりだ。
こんな傷で済んだこと自体運が良かった。
「死にたかったか?」
「え?」
「死んだ奴らと一緒に死にたかったのか」
「いえ、助けられたらとは思いました…けど」
自分の討伐数がこんな形で伸びたことが居たたまれなかった。
やっぱり、私は討伐数なんかに興味はない。
ひとりでも多く助け出せればよかったと、何度も何度も思う。
途中からは腕も痺れて上手く剣を振れなくもなっていた。
あの場にいたのがこの人だったら、何人助けられたんだろうと、無意味な考えを巡らせながら目の前の彼に目線を向けた。
「人間一人にできる事なんてたかが知れてる。
後から後悔なんていくらでも出来るが、選べるのはその時だけだ。
もしそれが迷うような場面なら、まず手を出すべきじゃねぇがな」
…迷う?
彼は味方を助けるときに迷うんだろうか。
彼が前線に向かうのを何度も見たことがある。
その行動には迷いなんて皆無だということも分かっている。
彼に、実力が低いことを示唆されている気がして視線を逸らした。
事実を認めるのが辛いと感じてしまうなんて。
私は人間としても兵士としても未熟だと痛感した。
彼の場合はその強さが迷いを失くしているのかもしれない。
だけど、私だって。
彼ほど腕が立つわけじゃないけれど、それでも出来ることがあるならその場に駆け付けたい。
それに迷うことなんて。
「迷いません。
迷うわけないです」
少し強めに返した私の返事を、彼がどう捉えたかは分からない。
「……そうか」
ただ、いつものように静かな声がした。
窓を叩く雨音がやけに耳に響く。
風も強くなってきたようで、時折枝が建物に当たる音もしていた。
会話が途切れれば彼もいつものように部屋を出ていくのかと思ったけれど、一向にその気配もない。
どういうつもりなんだろう。
出方を伺ったけれど、彼の考えていることが分からないのは今に始まったことではないと途中であきらめた。
彼には、私も思うまま接した方が楽だということにも気が付いていた。
目線は窓の外に向けたまま素直な疑問をぶつけてみることにした。
「あの、兵長」
「……なんだ」
しっかりと返ってくる反応が、嬉しい。
彼の場合、返事さえしてくれなくてもしっかりと聞いてくれるということも、もうなんとなく分かっていた。
「兵士長って、どういう階級なんですか?」
完全に目上の人になった彼とこうして話すこと自体、もしかしたらそう出来なくなるのかもと思ったからだ。
「知らねぇよ」
「位置づけ的には、団長の下ですか?」
「…どうだかな。奴が言うには階級としては兵の階層の上位だそうだが…お前の知る通り、これまでの調査兵団には無かった区分だ」
なんだ。
やっぱりそういうやり取りを団長をしていたんだ。
聞けば結構教えてくれるものなのかと、ほっとした。
彼の口から兵士長就任の報せを聞けなかったことで少し拗ねていたような気持ちが、和らいでいく。
「つまり兵長次第でどうとでもなるってことですか?」
「そもそも俺の決めることじゃない」
「……もしかして、班長とか分隊長なんてやりたくない、とか団長に言ったりしました?」