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 サルタナ 23

なんとなく視線を感じて振り返った先に、本棚にもたれ掛かって腕を組んでいる彼の姿があった。

ぼんやりとしたまま窓の外を見つめていたので、彼がいつから部屋にいたのかも分からない。


私がそう呼んだことに、彼の瞳が少し動いたような、動かなかったような。


「聞いたのか」


そして、いつも通りの静かな声が聞こえた。


兵長になったことを?

ええ、聞きましたとも。
あなたが教えてくれなくても噂で回ってくるんです、と小さく思う。

彼は自分がどれだけ注目されているのか分かっていないんだろうか。
というより、周りを見てはいるけれど相変わらず興味がないままなんだろうか。
私も、含めて。



久々に見る彼は相変わらずの無表情だけど、その瞳はまっすぐに私を見据えている。

あまり感じたことのないその雰囲気に、思わず体ごと向き直った。


「兵士長就任おめでとうございます」


その話を聞いてから会うのは初めてだと思いながら、常套句を口にしてみる。

色んな人から同じように言われたんだろうなと思わせるほど、彼の表情は些かうんざりして見えた。


「めでたいかどうかも分からんがな」


しん、と一度静寂が落ちる。

彼は、私に向けていた視線を不意に窓の外へ向けてから、

「よく降るな」

そう呟いた。


兵士長になる前でも遠征の直後は後処理や報告やらで忙しいはずの彼が、こんな時間にこの部屋に来ることが珍しいということにも、この時の私は頭が回らない。

つられて窓の外をもう一度見やった。

その彼の一言でようやく、雨が降っていることに気付くくらいだ。


「あ、そうですね」


言われてみれば外の木々の葉は雨に押し負け、どれも下を向いている。そんな自分に自分で少し驚いた。


強いくらいの雨足。

この時期には珍しくもないけれど、いつから降っていたんだろう。

壁外にいたときは、降っていた?


そこでまた、生々しく鮮明な記憶が脳裏に思い出されていく。

降り注いだのは血だったか、雨だったか。



少しぼんやりしていると彼が口を開いた。


「昇進というならお前もだろう。
班長名簿に名前があった」


これには思わず彼を振り返った。

まさか、彼が気付いているなんて思いもよらなかった。
流石目敏いなと思う。


「…あ、そうなんです。
今回は副班長扱いだったんですけど、道中班長が殉職されたので急遽…」



自分の視界が壊れた機械のようだと思った。
次から次へと映像が浮かんでは滲んでいく。

目の前の彼に向き合っているのに、気を抜けば残像の方に引きずられそうだった。


「討伐数がやけに多かったが」


無意識に、自分の指がぴくりと反応した。
彼の声が聞こえるたびこちらが現実なのだと感じられた。

あまり思い出したくない場面ばかりが思い出されるのに、止めたくても止まってくれない。


「夢中だったので…」

「その割には浮かない顔だな」


こちらが現実。

そう思うと心臓から血液が逆流してくる心地がした。
班員のほとんどが食い散らかされたあの場で、取り残された自分が見えた。


これが夢でないなら、あの出来事も紛れもなく現実だったのだと。

寝ても覚めても後悔ばかりだ。

今までも自分の行動を悔いたことはあったけれど、こんなにも自分の判断と結果を後悔したことはなかったかもしれない。
こんな当たり前のことも自分で経験しなければ分からないなんて。


「…兵長の、」


こんなことなら、初めから。


「兵長の言うとおりにしていればよかったです。
後からいくら巨人を殺しても、間に合わなければ意味がない」



  


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