△ サルタナ 06
壁外調査の日が通達され、より明確になった日程に向けて最終調整がされて行く。
その日まであと1ヶ月を切ったというころだ。
講義や訓練で話す機会のある先輩方の話を聞いていると、壁の外へ行く頻度は時と場合によりかなり異なるようだった。
時には1ヶ月の間に二度も外へ出たり、はたまた何か問題があって兵団のトップが王都に召集されるようなことがあればそれを待つように調査も先延ばしになったりと。
忙しいと目まぐるしく感じる毎日もよくよく考えてみると同じようなことの繰り返しで、戦うための準備以外には特に何もしていないことに気がついた。
それでもこんなに忙しなく思うのは、身も心もまだまだ余裕がないからだろうか。
班の編成が知らされ訳の分からないまま流される日々の中で、新兵は誰もが懸命に自分の居場所を探している気がした。
流れに沿うまま、だけど押し流されないように。
自分を見失わないように。
調査の日が近づくにつれ、精神的に不安定になった女性兵士が急に泣き出したり、なんてところも目にした。
怖がり方はそれぞれ、こわいのは皆同じだ。
彼女が同期に付き添われてその場から立ち去るのを眺めたあと、「泣いて逃げれるならいいよな」と小さく呟く男性兵士にも、不安が伝染しているのかもしれなかった。
ただでさえ少ない女兵士は、腕っ節も、その精神力も問われる舞台だ。
大半が男性のこの調査兵団の中で、それでも私はまだ自分の行く末が現実感を持たないまま不透明に感じていた。
泣き出す女兵士も、それに悪態を吐く兵士も。
そのどちらの気持ちも分かるような不思議な思いに包まれた。
私の訓練兵団修了時の成績はなんとも微妙な十二番目。
上位の子達は殆どが当たり前のように憲兵団を希望したので、これなら調査兵団で成果を上げられるかも、と無駄に過信したのは嘘じゃない。
けれど、人間というのは周りに揉まれるうちに自分の力量がなんとなく分かってくるもので。
私も例外ではなかった。
いい意味でも、悪い意味でも。
出来ればこのまま自分が英雄にでもなったつもりで壁外調査へと出て行ければよかったと切に思った。
彼のその後の噂もしっかりと聞いていた。
訓練兵団も修了していないのにその腕前はベテラン勢にも届きそう、だと。
だけど実際に目にするのは初めてだった。
感想は。
…同じ人間なんだろうか、と真剣に、疑問に思った。
ベテラン勢にも“届きそう”?
あの様子では、既に凌いでいる、の間違いじゃないのか。
同じ時間帯に訓練をした訳でもない。
同じ目線に立っていた訳でもない。
彼が自由に飛び回っている場を、馬術を終えた私たちが偶然目にしただけだった。
だけどそれを目にした誰もが同じことを思っていた、と思う。
自分に無いものをすんなりと認めて憧れるのか、それとも到底手に入らないその技量を悔しく思い嫉妬心に駆られるのか。
彼らの瞳に映る感情もそれぞれで、私には知る由もない。
たまたま同じ班になった同期の友人と、
次の訓練の為の荷物を抱えながら。
「すごいね」と小さく交わすのがやっとだった。
訓練兵時代から立体機動装置に慣れさせられ、調査兵団に入ってからは更に実演の時間が増えた。
それも彼のあの日の一言のおかげかもしれないけれど。
とにかく以前より立体機動の扱いに少しは自信を持てるようになったところで、これだ。
どうやったらあんな風に動けるんだろう。
自分と周りのレベルをもう分かっていただけに、垣間見えた彼の力量は異次元のものに思えた。
先程の場合、私は有難いことに前者だった。
あんな風に飛べたら気持ちいいだろうな、ちょっとあれ試してみたいな、なんて。
お気楽なほどに感化されていた。
彼の姿を目にするのはこれで四度目だ。
そのどれもがとても鮮やかに目に映る。
彼のようなタイプの人間は初めて見る。
ああいう人は周りにいなかったから。
いや、あんなに扱いづらそうな人が十人といても大変だと思うけど。
だからきっと、珍しいだけ。