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 ブバルディア 02

ぱたん、と静かな部屋に扉の閉まる音が響いた。
リヴァイに促されて先に足を踏み入れると、窓際の灯りの下に、書類が何枚か積まれているのが見えた。


「ごめん、忙しかった?」

「…いや」


後ろ手に扉を閉めたリヴァイが部屋の中に戻ってくる。


「それよりどうした。…こっちには警備があると言ったはずだが」



警備。
やっぱりあの人達は見回りの当番なの?

でも厳しいものじゃなかった。
ということは、私にここへ来て欲しくなかった…?


「警備の人達には見つかってないよ。あの…私、来ちゃいけなかった?」


そう伝えるとリヴァイの眉が少しだけ上がる。


「そうは言ってない。……会いたかったのか?」


からかうような表情だけど、そういう態度にも最近はやっと慣れてきた。
リヴァイにはムキになっても仕方がないって分かった。
自分はそういうことを言わないくせに、私には言わせようとしているのも分かってきた。


「……うん。」


悔しいけど素直にさせられる。
だって素直になればなるほどリヴァイの表情が柔らかくなる。
その顔を見る為なら多少恥ずかしくても自分の思いを伝えたい、ってそう思ってしまう。

リヴァイは「そうか」と言って私の頭を軽く撫でながら通り過ぎ、窓際まで行くと机の上の書類を少しだけ整えた。

でもちらりと見えるその表情は、やっぱり少し優しくなっていた。

忙しいのなら無理矢理来てしまって悪かったな。
でも警備が厳しいなんて言うリヴァイも悪いし…。

折角ここまで来たのだから、一回抱き締めてもらってから帰ろうかな。



机の前に立つリヴァイに背後から近寄り、その体に両手を回した。
その背中に額をつけて緩く抱きしめると、リヴァイがこちらを振り向いた気配がした。

リヴァイの体に回していた腕を解かれて正面から抱きしめられる。
その安心する香りに包まれて、ゆっくりと一つ深呼吸をした。


邪魔してごめんね、帰るね。って。

そう言えばいいのに。
まだ、もう少し、と思ってしまう。


私の背中に回されたリヴァイの左手の重みが徐に無くなって、気付くとその手で顎を掬われていた。

蝋燭の灯りだけの薄暗い部屋の中でリヴァイの体温がぐっと近づく。
リヴァイの睫毛の影が私にかかり、壁に映る二人の影はもう重なって見えた。

何度目かのその気配にうっとりと身を任せて、近づく熱い体温を唇に受け止めた。


食むようにゆっくりと唇が重なって、その愛しい感触に目を閉じた。
抱き締めて、キスをして。


リヴァイがそうさせるように、私は確実にこの行為に対して以前より緊張しなくなっていた。
初めのころとは違いこの瞬間が待ちきれなくて、とてつもなく心を奪われている。

何度も角度を変えて浅く静かな水音が耳に届く。
リヴァイがそうするように私も呼吸を合わせる。

キスは気持ちいい。
体温を分け合うことはどうしようもなく幸福で、ふわふわとした気持ちになる。

だけど問題はこのあとで。

不意にリヴァイの唇が開くのが分かって、思わず体がぴくりと反応した。
柔らかくて、淫靡で、熱い舌が私の口へ入ってくる。
本当に、侵入、という言葉がぴったりだと思う。

軽かった水音が深くなる。
二人のキスと同じように。


「……ん、っ」


どちらの唾液の味かも分からなくなるほど舌を絡め合って。
甘く感じるのはどちらのものなんだろう。

零れそうになる唾液を思わず飲み込むけれど、それさえも不快に感じなくて心底驚いた。

好きな人の唾液ならそれさえも心地よく感じるなんて、そんなこと恥ずかしくて誰にも言えない。


リヴァイに捕まる腕から徐々に力が抜けて。
甘い舌で柔らかく刺激されるたびに意志に反して小刻みに体が震える。
それを支えるようにリヴァイの腕が強く腰を引き寄せて、更に深く舌が差し込まれた。


「んん…!……っ」


出したくないのに喘ぎにも似た声がキスの合間に漏れてしまう。

リヴァイの唇の形も、キスの仕方も、舌の熱さももうなんとなく分かってきたのに。
私も教えられた通り舌を絡めるけど、ついていけずにすぐに息が上がってしまう。

この感覚はなんなんだろう。
胸の辺りから、腰の辺りからどきどきと体が脈を打って、熱くなる。

…慣れた、はずなのに。
慣れさえすれば平常心でリヴァイのキスを受け入れられると思っていたのに。

舌を絡めとられると、たったそれだけのことなのに体中の細胞が反応する。
リヴァイのキスを受け止めるほど体が反応するようになる。

どうしようもなく疼いてしまう。

切ないくらいに胸と体が軋むと、いくら鈍い私でも分かってしまう。
私のこの体は、もっと欲しいと言っているって。

キスに少し慣れた今の方が落ち着かない。

キスだけでこんな風になるなんて、きっとリヴァイも呆れてる。



「……っ…はぁ、」


何度も味わうようにお互いの口内を行き来して、やっとその唇が離された。
何度キスを交わしても、変わらず主導権を握るのはリヴァイだ。

唇を離すタイミングも、身体を離すタイミングも全て彼次第。


いつもこうして体が火照り、何も考えられなくなるとリヴァイは私の体を放してしまう。
私は離してほしくないのに。
……もっと、してほしいのに。


腰を引き寄せていたその手がいつものように緩まるのを感じて、私は思わずリヴァイの服を掴んでいた。



「……リヴァイ、」



キスのあと、いつもは顔を真っ赤にして息をつくだけの私が何かをするというのは初めてだ。

リヴァイはそんな私を不思議そうに見下ろしていて。
私は、まだぼうっとした頭でこくりと唾を飲み込んだ。


だって、もうどうしようもない。



「もう少し、して…」







その言葉に、リヴァイはぴくりと反応した。
離れようとしていた体がもう一度だけ近づいて、薄暗い部屋の中で蝋燭の灯りが映る漆黒の瞳がしっかりと私を捉える。

リヴァイはいつかのように少しだけ顔を傾けて、間近から私の顔を見下ろした。

この瞳に見つめられるだけで平常心を保てなくなる。

瞬きも、呼吸をすることもこの人の前では難しく感じることがある。


「………エマ、ここは誰の部屋だ」

「え?」


予想もしていなかった不思議な彼の質問に、おもわず何度も瞬きをした。



「…?誰のって、リヴァイの部屋でしょ?」

「……そうだ。お前が来ない方が都合がいいと言ったはずだな」



やっぱり。

そんな言い方だけど要は私にここへ来て欲しくなかったんだと今更分かって、目を伏せた。
謝ろうと思った瞬間、リヴァイの声が降って来た。


「お前の部屋と、ここの一番の違いは何だと思う」

「…違い?……っ!」


またもや不思議な質問が返って来て、それと同時にリヴァイの手のひらが私の顎を掴んで上向かせた。
顎を掴んだ指先がつう、と骨格をなぞるように滑る。

顔を上げると至近距離に彼の顔が見えて、言葉に詰まった瞬間その顔が私の首元へと移動した。


「……分からないか?」

「……っ……!」


少しきつめに首元を吸われ、ちりっと一瞬燃えるような、小さくてはがゆい痛みが走る。
耳には微かなリップ音が聞こえた。

ぞくりと、背筋に何かが走ったような感覚を覚える。


「…エマ。分からねぇのか?」


耳元で囁かれると、直接熱い吐息が身体の中に入り込むような気がした。

腰と首の後ろを掴まれてさっきは彼の指先がそうしたように、今度は彼の唇が触れるか触れないかのぎりぎりの近さを保って鎖骨から首へと辿っていく。

くすぐったさの向こうに身震いするほどの危うさを感じて、思わず頭がくらりとした。



違い?

場所も違うし、広さも違う。
家具の大きさも配置も全部が違う。

どのことを言ってるの?


「わ、分からな……っ」


リヴァイの唇が、指が、耳を通って頬に触れて。
もどかしそうに顔の至る所に触れていく。

それでも、唇にだけは触れてくれない。


「…お前の部屋とは全然違う。」


噛みつくようにキスを降らせるくせに、欲しい場所にはしてくれない。
もう一度唇にしてほしいのに。

もどかしい。
そう感じるのは私だけ…?


「ここには様子を見に来る奴もいねぇし、朝まで滅多に誰も廊下を通らない。

言っている意味が分かるか……?」




腰に置かれていた彼の手が、やっぱりもどかしそうに背中へと回って強く引き寄せられる。
最後の最後に、ようやくその唇が私のそれに重ねられた。




「…ん、は……ぁ」



待ち望んだものがやっと与えられて、安堵と気持ちよさが入り混じった気持ちでそれを受け止めた。
頭の芯がぼんやりとし始めて、どうしようもなく目の前のこの人にもっと触れて欲しくなる。


もう一度間近で目を合わせた時には、私の呼吸は既に乱れていた。



  


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