△ ブバルディア 01
リヴァイと一緒に夜を過ごすようになってから、既に何ヶ月か経っていた。
初めはそれだけで物凄く嬉しかったし、幸せだと思っていた、けど。
今はそのことが私を悩ませていた。
次から次へと悩み事が増えて私の脳内は一向にリラックスできていない。
これもそれも全てリヴァイのせいだ。
あれからも私は見習い改め雑用として兵団内を走り回っていて、壁外へ行くという選択肢はリヴァイの根回しによって完全に途絶えていた。
それでも、ペトラさんやオルオさん、エルドさんやグンタさんという班員を失ったあの日のリヴァイを見てからは、もう彼を無理矢理説得しようとは思えなかった。
あの日彼は特別痛々しいわけでもなかったけど、それでも何か感じさせられるものがあった。
私はいなくならないよ、なんて陳腐な言葉を言う気にもなれない。
それなら昔からリヴァイが言うように外に行くのをやめればいいと思った。
リヴァイは私を置いて壁外へ行く。
誰よりも生きて帰ってきてくれる可能性が高いのは誰の目からも明らかで。
…それでも毎回、無事な姿を見るまでは居ても立っても居られないくらい心配なのは変わりない。
リヴァイは私を抱きしめて、体温を確かめるみたいにきつく抱き寄せる。
彼の香りと高い体温に包まれて安心する。
ものすごく安心する、のは事実なんだけど。
いつの間にかその先を期待してしまう自分がいる。
キスをして、深く舌を絡めて。
体が火照って頭の芯が痺れて、何も考えられなくなる。
なんだか身体が疼くような感覚を覚えるのに、それだけでリヴァイは体を離してしまう。
もっと、と思ってしまう私ってはしたないんだろうか。
どうやってキスの先に進むものなの?
皆はどうしてるものなんだろう。
…リヴァイは、私としたくないのかな。
そんなに女として魅力がないとか、やっぱりそういう目で見られないとか。
考えれば考えるだけ落ち込んでくる。
リヴァイの、部屋に来るなという言葉も気になっていた。
上官たちの宿舎とは言え、財政も人手も足りていない兵団内で警備がそんなに厳しいとも思えない。
リヴァイから来てもらってばっかりで悪いし、私だってリヴァイに会いたい夜もあるのに。
最近の彼を見ていると「なんで?」が増えていく。
今日の分の雑用も終えて、当番制のシャワーも浴びて。
ラフなシャツと体にフィットするズボンを身に着けた。
夜も更けた自分の部屋で私は何度も考えを巡らせていたけど、辿り着くのは決まって同じ結論だった。
リヴァイは一昨日の夜来てくれた。
今日来てくれるかどうかは分からない。
この何ヶ月かの頻度から言うと来てくれる可能性は五分五分といったところかな。
いつまでもリヴァイのことを待っているだけじゃだめだ。
リヴァイに対しては言いたいことを我慢なんて出来ない。
いつでも私の中の一番はリヴァイなのだから、その彼に遠慮なんてしていられない。
「…よし」
ぎゅっと手を握ってから、決意して窓際の椅子から立ち上がった。
こっそりと足音を立てないようにして宿舎を抜け出し、向かうのは本部横の建物。
いつか来た時のようにぽつぽつとオレンジ色に灯る燭台に煉瓦造りの壁や廊下が浮かび上がる。
一つ向こうの階段を上がったすぐそこがリヴァイの部屋だ。
階段に向かう手前に二人の男性兵士が立っているのが見えた。
特別何をしているわけでもないその二人は、和やかな様子で雑談でもしているようだった。
見張りかどうかも疑わしい。
やっぱり、警備がものすごく厳しいという雰囲気ではない。
なんとなく心の中でリヴァイに対して拗ねてしまう。
…なんでそんな嘘つくの?
それでもその二人に見つからないように、夜闇に紛れて中庭の方から階段へ回り込んだ。
ひんやりとした煉瓦の壁に手をついて、螺旋状の階段を音を立てないようにゆっくりと進んでいく。
前回はリヴァイとペトラさんの声がここら辺りで聞こえたんだっけ。
…ペトラさん。
もう会うことも出来ないだなんて今でも信じられない。
壁外で巨人との交戦中に命を落としたという彼女たち。
その最期を目にしていない私には、今でも信じられない話だった。
リヴァイのもとにはきっと今までも素晴らしく優秀な兵士達がいたんだろう。
それでも戦えないほど泣いて彼らの死を嘆くことは未来には繋がらない。
リヴァイは文字通り抱えきれないほどの思いと意志を背負っている。
何度も感じる、私の知るリヴァイと“兵士長”としてのリヴァイ。
どちらも同じひとで。
私の一番大事なひと。
彼が受け取ってくれるなら……私の、全てを捧げたいと思う人。
とん、とん、と静かに、その木の扉をたたく。
叩いてから、なんだか一気に鼓動が速くなった。
え。
嘘でしょ、私。
今更ここで緊張するの?
え、でもなんて言えばいいの?
追い返されたらどうしよう…。
そう思った瞬間に、目の前の扉がかちゃりと音を立てて動いた。
「・・・!」
逃げ出したくなったのをこらえて、そのドアが開かれるのを待った。
「……エマ?」
扉が少しだけ開いて、外にいたのが私だと分かるとリヴァイは扉を大きく開いた。
少し驚いたようにその瞳が丸くなって、でもすぐにその目は細められた。
ジャケットは脱いでいるけど、こんな時間だというのにまだ兵服を着ている。
やっぱり今日は忙しかったのかな。
「どうした」
リヴァイに会うと帰ろうと思っていた気持ちもどこかへ吹っ飛んでしまう。
その顔を見るだけで、会うだけで嬉しくなる。
その顔を見るだけでほっとする。
でも、なんて言うかは決めていなかったのを思い出した。
「あ、えっと…」
固まったようにその瞳を見つめ返すと、ふっと肩にリヴァイの手が回された。
「…取り合えず入れ」