△ アルビジア
あの日から。
あの日、
旧本部で過ごした日々から、私たちは時々一緒に夜を過ごすようになった。
本当に…ただ一緒に眠るだけだけど。
それだけでも私はとても嬉しかった。
一緒にいて、同じ時間を過ごすことがこんなに意味を持つなんて。
あの夜が心地良くて幸せな気持ちになったのは私だけじゃなかったって、思ってもいいんだろうか。
時々でいいから夜を一緒に過ごしたい、
そうなれたらいいなと思っていただけに、
胸の中がくすぐったいような暖かいような心地になる。
旧本部からの荷物も全て回収して、
元通り本部横の一般宿舎に戻った私は次の日からカリーナ分隊長の手伝いに奔走していた。
その夜、まだ一人で使っていた部屋の中で夜空に浮かぶ月を見上げた。
…会いたいな。
会いに行っちゃおうか。
そう唐突に思えて踵を返し扉へ向かう。
決意したままドアノブを握ってがちゃりと押し開けると、予想していなかった人影が目の前にあって反射的に声を上げてしまった。
「きゃ…ぁっ−−−!」
思ったより大きな声を上げた私の口を、リヴァイが咄嗟に大きな手で塞ぐ。
双方が驚いたように顔を見合わせた。
び、びっくりした…!
心臓に悪い!
「…驚かすな。そのまま部屋に入れ」
その言葉にこくこくと頷いて、元居た部屋へと逆戻りする。
ぱたん、と静かに扉を閉めたリヴァイが私へと向き直った。
「こんな時間にどこかへ出かけるところだったのか?」
「あ、えっと」
本人からそう言われて少し言い淀むけど、隠すことじゃないと思い直した。
「リヴァイの部屋に…行こうとしてたんだけど」
そう伝えるとリヴァイの眉が少し上がった。
「…そうか。手間が省けたな」
う、うんと答えながらも頬が少し染まっていく。
リヴァイこそこんな夜更けに一般宿舎にいていいのだろうか。
しかも、女性兵士の棟に。
そう思って聞こうとしたけどすぐにその腕に捕まってベッドに押し込まれた。
「…!?」
「寝るぞ。寝間着に着替えろ」
えっ、と思いつつリヴァイを見ていると、
手早くクローゼットから柔らかい素材のいつも着ている寝衣を見つけ出してこちらに放ってきた。
…なんでこれだと分かったんだろう。
呆然とそれを受け取りつつ。
月明りだけの部屋で、更に二段ベッドに取り付けられた簡易なカーテンに隠れながらなら見えないかと思い、着ていたシャツを脱いで早々に着替えた。
リヴァイの服はいつもの団服かと思いきやよく見ると白いラフなシャツだった。
着替え終わった私を見てそのまま下段の私がいるベッドへと身を屈めて入ってくる。
「え…、ほんとうにここで寝るの?」
「狭いと思うならくっついてろ」
さすがにシングルサイズのベッドで二人寝はきついんじゃないかと思ったけど、リヴァイの言うようにぴったりとくっつけばまたあの幸せな心地に包まれるのだった。
そうして私の部屋で夜を過ごしたのが始まりで。
その後も度々リヴァイは皆が夜寝静まった頃にやって来るようになった。
音も気配もなく急に部屋の扉を開けるものだから、初めの頃は心臓が休まるときが無かった。
何も恋人らしいことはせずにただその腕に包まれて眠りに落ちる。
彼の方が体温が高く感じて、そうされるとわたしは熱い体温に誘われるように熟睡してしまうようになった。
わたしの方からリヴァイの部屋に行こうかと提案したけれど、警備があるのでこちらの方が都合がいいと断られた。
そうして何度か一緒に寝るようになってしばらくしたころ。
わたしが寝返り一つ、身じろぎ一つしようものならリヴァイはすぐに目を開けてしまうのが分かってきた。
それからもまだ彼の熟睡しているところを見たことはなくて。
体勢を変えようと体に力を入れるだけでもそれを手助けするようにリヴァイの体が動くから、その眠りの浅さが心配にもなっていた。
ある日の朝方、きんと冷えた冬の空気で目が覚めた。
わたしの部屋のベッドは窓のすぐ左下に位置しているので、部屋自体は暖かくても窓からの冷気を感じてしまうことがある。
顔を上げた窓の向こうの白い気配を見て、思わず身を起こしてから、リヴァイの腕が体に回っていることに気付いてはっとした。
こんな風に動いたら。
またリヴァイを起こしちゃう…!
視界の端に見えた時計はまだ起きるには早すぎる時刻を示している。
外はちらちらと降るそれのせいで灰色に染まっているけど、いつもならまだ真っ暗な時間帯だ。
出来るだけ起こしたくないと常に思っているだけに、焦って元の位置に体を戻そうとした。
けれど。
「……?」
いつもなら返ってくるはずの反応がなくて、思わずその寝顔を見下ろした。
起きてるときには絶対に見れない無防備な表情。
少し幼くも見えるその寝顔。
身を起こしたことでリヴァイのその手が私の体を滑ってするりとベッドへ落ちたけど。
その瞼はまだ動かず、規則的な呼吸が静かに聞こえるだけだった。
……本当に、起きない。
こんなことはじめてだ。
「リヴァイ…?」
躊躇いがちにその名前を呼んでみても。
その髪を撫でてみても。
愛しいその姿はまだ瞳を開けない。
こんなこと今まで一度だってなかった。
たまたま今日はいつもより疲れていたとか。
はたまた、二日くらいは全く寝ていなかったとか。
…ただの偶然と言えばそうかもしれないけど。
でもなんだか、この事実がとても大きな変化に思えて仕方がない。
胸の中が、冬の空気を消し飛ばすくらい暖かくなった。
無意識に笑みがこぼれる。
私が傍にいることでその体が少しでも休まるならいいのに、と夢見がちに思っていた。
それが、こんな形で目に見えて変化する日が来るなんて思わなかった。
一緒に寝ることで少しでも深く寝られるようになった、なんてことあるんだろうか。
そうじゃなくても、少なくとも彼が気を許してくれているのは間違いじゃない。
そんな嬉しいことあるの?
一緒にいることが少しでもリヴァイの為になってたりする?
一緒にいて落ち着けるのはわたしだけじゃないって思ってもいい?
その頬を撫でて、あれから不意打ちにキスをしてくるようになった唇にそっと触れる。
無防備な瞼も、綺麗な黒い髪も本人に知られることなく触れられる日が来るなんて。
ほんの少し前の私なら信じられなかった。
起きるにはまだ早すぎる。
起きたら、外の景色を教えてあげよう。
寒いのはリヴァイは嫌がると思うけど。
だからあともう少しだけ。
「おやすみなさい、リヴァイ…」
アルビジア
おわり