△ タイム
あれから、何となくわかっていたけれど
以前にも増してリヴァイはあの家に行くようになった。
エルヴィンや周りの後押しもあって兵士長へと就任した彼だったが、
多忙を極める中少しでも暇を見つけると、気付いた時にはその姿は見えなくなるのだった。
恋人同士のやり取りは誰も知る由もなかったけれど、会えなかった日々を埋め合わすかのように、関係が始まった時以上に離れがたいと思っているのは明らかだった。
エルヴィンとハンジはやっとまた触れ合えるようになった二人を邪魔しないように見守ることにしていた…が。
「リヴァイが記憶を取り戻したのは、ほんっっっとに良かったと思ってるよ。
思ってる、けど!!
こんなに本部からいなくなっちゃうのは、ちょっと考え物だね」
そう書類の山を見ながら騒ぐハンジを横目に、エルヴィンは口元を上げる。
「ここからウォール・シーナまでは少し距離があるからな。
周りから急がせることだけはしたくないと思っていたが…。
リヴァイは相変わらずあの娘のことになると人が変わるから何とも言えない」
「はっきりしちゃえばいいんだよ、どうせ一緒にいるのは分かってるんだから!
そういうところはリヴァイはもう一歩だよね。前だって結局言えてなかったみたいだし!」
どうしたものかとしばし二人は執務室で考え込むが、こればかりは当の本人が決めないことにはどうしようもないことだった。
「まぁ……次にリヴァイがいないことをもう一度上から言われたら、私達も言い訳できない。
その時は本格的に考えてもらうしかなくなりそうだな…」
−−−−−−−−−−−−−
週の内に何度もこの家に来ていると、もう自分の拠点はこちらなのか本部なのか分からなくなってくる。
仕事に穴は開けないようにしているが、それでも自分がいないことで不便を掛けているのは感じていた。
…それでも、抗えない。
溺れるとは、こういうことなのか。
「……ん…っ」
−−−今日も隙あらば彼の手が肌を這い、唇が重ねられる。
啄むようにキスをしたかと思えば、頭を押さえられて急にそれが深くなる。
拒もうとさえ思えず、不意に伸びてくる腕に多少体を跳ねさせながらも
与えられるどこまでも官能的なその感触に心酔することしか出来ない。
やっと離された唇で深く息を吸って、涙が滲む目で見上げると心地よいくらいの熱い視線が返される。
こんなに触れているのに足りない、と思ってしまう。
引かれるままもう一度唇を合わせたとき、彼もどうか同じ気持ちでいて、と願わずにはいられなかった。
あの日から二日と開けずリヴァイは家に訪ねてくるようになり、そのたびに熱く口付けられその腕に強く抱かれる。
こんな日がまた来るとは思っていなかったのでこんな日々は溶けそうなくらい幸せなはずのに、彼の今まで見たことないような甘い雰囲気に絆されつつも少し戸惑う。
初めに関係を持った時に戻ったようだ。
…それか、それ以上の気もする。
庭に出ているところに彼が来れば、お構いなしに引き寄せられてその手が身体に触れる。
一瞬彼が眠った隙に食事でも作ろうと思えば後ろから抱きしめられ、その手は離れようとしない。
その態度はやっと会えた恋人に対するもののようなのに、どこか人肌を求める不安な子供のようで。
その度に私も彼を抱きしめた。
その内こんな態度も緩んでいくだろうと思ったが、思った以上にそれが続くので嬉しく感じつつもそんな彼に少し戸惑ってしまうのだった。
最近聞いた、彼が調査兵団兵士長に抜擢されたという噂。
前々からその並外れた実力で入団当初から異例の実行部隊の一員に数えられていたのは知っていたけれど。
そんな立場のある人が、こんな何もない私に会いに来ていて大丈夫なのかと思う。
その内、あの日のように急に帰ってこなくなって二度と会えなくなるような…
そんな不安が絶えずあった。
誰かが言う噂では、私は以前結婚の約束をしていたそうだけど…。
そんな事実はない。
その噂の相手はもちろんリヴァイだけれど、二年間一緒にいてそんな話をされたこともなかった。
噂だけが勝手に独り歩きするのを寂しいと思ったのはこれが初めてだった。
もちろん……出来たらいいな、とは思う、けど。
その約束があれば何が変わるのかも良く分からない。
彼は生涯私のもとに帰ってきてくれて、
私も生涯彼だけを愛し、同じ家で生活して、
いつかは彼に似た子供をこの腕に抱ける…なんて。
結婚したからといってそれが叶う保証もない。
もし彼がそう言ってくれるのであれば、それは私と同じような未来を望んでくれているということ。
例えそれが今だけでも、私を生涯掛けて求めてくれる気がある、ということ…。
それはもちろん嬉しい。
だけど。
他の人のように愛想よく出来ない私を選んでくれて、こうして一緒にいてくれるリヴァイにこれ以上求めることなんて出来ない。
なんだか潔癖なところがあるリヴァイは、自分の部屋や家に私を住まわせることにも抵抗があるのかもしれないし、
…私をまだそんな風に見れないのかもしれない。
きっと、リヴァイが帰ってきてくれなかったら私はそのまま死ぬまで独りでいることを選んだと思う。
リヴァイに出会わなければ、他人と一緒に過ごしたいなんてきっと思わなかった。
……だから、
これ以上なんて望めない。
諦めていた彼がこうして自分の元に戻ってきてくれて、こんなに自分に触れてくれるのに不安になるなんて私はなんて欲張りなんだろう。
…今この瞬間を噛み締めればいいだけなのに。
リヴァイの熱が私に移って、
その体温を誰よりも近いところで感じて。
力強い腕と、それでも優しく私を抱き寄せる熱い体。
全てを感じたとき、涙が溢れた。
キスをされても、その腕に抱かれても泣けるなんて、私の涙腺ってどうなっているんだろう。
それでも、この人を想うと切なくてたまらない。
リヴァイはその涙に少し驚いたように目を大きくしてから、それを舌で掬いとる。
抱かれた後の、彼の優しさが大好きだ、と思う。
気怠く力が抜けた体を彼の手が引き寄せる。
ダークブロンドの長くなった髪に指を通されて、その雰囲気に微睡んだ。
「……エマ」
不意に呼ばれて、半分落ちかけていた意識を戻して瞼を持ち上げた。
彼の胸元に身を寄せていた私を、フラットシーツから肩を出して頬杖をつく彼が見下ろす。
「…家を買ってもいい」
「……?」
…なに?
家?
「お前が嫌なら、別に籍も形式張らなくていい」
……籍?
天気の話をするみたいな口調で言うけれど、その言葉から彼が話しているのはなんだか大事な話のように聞こえて、思わず身を起こして彼と同じ高さで目線を合わせた。
薄いシーツがさらりと肌を滑り落ちる。
「…リヴァイ?」
そんな私を、真正面から彼の瞳が見つめた。
「……俺のところで…一緒に住むか?」
タイム
おわり