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 フロックス

背中に回った彼の腕に、ダークブロンドの髪が一瞬遅れてふわりと掛かる。

何が起きたのか理解できない頭に、彼の香りだけがそれが現実だと伝えていた。
もう二度と触れ合えないと思っていた体温。
自分はこの人を突き放して、もう二度と会えないと覚悟したばかりだった。




その彼の体が。

もう一度こうして自分に触れているなんて信じられない。




もしかして、以前の彼に戻ってくれた?

名前を…呼んでも、いいのだろうか。




まだそうすることが憚られて、エマは抱き締め返すことも出来ずに自身の体に回されたリヴァイの腕の感触だけを感じていた。


突然その腕が緩んで、一言も交わさぬままリヴァイの腕が強引なくらいに肩を抱く。


「……来い」

「っ!」


ぐい、と有無を言わさず体を押されて、家の中へと半ば押し込まれるようにして入った。

その相変わらず端正な横顔に不覚にも胸が疼くけれど、その表情もいつも通り感情が読めず何が起こっているのか分からない。

がちゃ、と木の扉が閉まる音がして、薄暗い室内で二人きりになった。

鼻先にある久しいリヴァイの体温と香りに心臓がどくどくと正直に反応する。



…まだその眼を見れない。



戻って来てくれたの?

それとも、違うの?


彼の顔を見る度何度も期待してしまった自分がいたけれど、その度に絶望に打ちひしがれた。





彼が部下を守った際に頭に負った大怪我。

目を覚まさなければ危ないと言われて、生きた心地がしなかった。

何日かぶりにやっと彼が目を覚ましたときは、もう何を引き換えにしてもいいと思った。
生きていてくれることが、何よりも大切だと。
最後に会ったときの彼はまだ熱があって、意識はあったけど私の顔も認識出来ないでいた。


ーーー安静にすべきだ。

ーーー会える状態ではない。

今はまだ会うべきではない、とエルヴィンにも何度も止められたのに、無理を言ったのは私だった。

堪え切れず涙を零した私をどうにか思い出そうとして、頭痛と記憶の混乱に苦しむ彼を解放したのも私自身だ。

エルヴィンとハンジが新しく住む場所も工面すると言ってくれたけど、私は出会ったあの家から動く気はなかった。

彼の記憶から消えたのは直前の二年間。

調査兵団での記憶はそこで過ごすうちになんとなく取り戻したらしい。
今では怪我をした記憶の方が曖昧になっていると聞いた。
日常の生活には何の問題もない。


消えたのは…ただ私だけ。

私との出会いも、始まりも、あの日々も。
彼の中からすっかり無くなってしまった。

私だけそれに縋りついたまま。
動けないままでいた。


そうして生きていく覚悟はできたと思っていたのに。
忘れていい、と思ったのは本当だったのに。
忘れられたまま再会するなんて思っていなかった。




閉じた扉の前に私を立たせて、更に近寄ろうとする彼の気配がした。
咄嗟に手を伸ばして、その体を少し押すようにして距離を取る。

私のリヴァイじゃないのなら。
こんなこと、出来ない。

思い出そうとすることで苦しめるなら、苦しむのは自分だけでいい。


「…顔を上げろ」


不意に低い声が響いて、体がびくりと震えた。
俯いたままま伏せた睫毛を上げることが出来ない。

ずっとそうだ。

忘れていいと自分で言った癖に、もう一度拒絶されるのが怖くて正面から瞳を見れない。

その瞳に自分との記憶がないのを見たくない。

それでもなお俯いたままの私の顎が彼の手がかかる。
強引に上を向かされ、驚いた瞬間に唇を塞がれた。


「ん……っ!!?」

な……


「…っ」


熱い手と、唇。

その長い睫毛が縁取る瞼は閉じられていて、私を逃がさないように彼の手が顔と腰を固定する。
押し付けられるように塞がれる唇は深く繋がり息も言葉も零れることを許さない。

抵抗してリヴァイの体を押し戻そうとするけれど、両手ごと片手でいとも容易く絡めとられて、もはや抗うことも出来なかった。


「ん……!」


ぐっと押さえつけられて、息苦しさを覚える。

リヴァイ……?!


繰り返される深いキスに体の力は抜けて、噛みつくように被さる唇に否応なしに体が小さく震えた。
我慢できず酸素を求めて口を開くと、その隙間を待ち構えていたように彼の熱い舌が侵入する。


「−−−!」


更に彼の腕に抱き寄せられて、身体が密着してしまう。

だめだ、と思うのに。

柔らかく熱い舌に捕まると頭の回線がおかしくなってしまうのを、私は嫌という程知っていた。
…知っているはずなのに、リヴァイの熱に浮かされて、流される。
拒まないと、なんて思いは直ぐに消えてなくなった。


くちゅ、と唾液が混ざって。
その熱い舌を受け入れるまま。


体の中身がこうして繋がるのは、頭が痺れる程温かくて…泣けるほど、懐かしい。

深くキスをしているだけなのに心の奥に触れられる気がするのはなぜだろう。

嬉しいのに切なくて。
この一番焦がれている人が、自分の愛する人なのかも分からないのに。

リヴァイのことになると感情が制御できない。
他のことには表情が乏しいと言われる程の、この私が。


「…!」


心臓がぎゅう、と音を立てて、涙が滲んだ。


それに気付いたのか、リヴァイは私の頭を押さえていた手の力を緩めた。
涙が零れるのと同時に震える吐息を一瞬だけ待って、息を吸い込むと同時にまた唇を塞がれる。

でも…もう、抵抗できなかった。

与えられる甘いキスを自分から受け入れて、唇を合わせる。
目を閉じると溜まっていた涙が薄く一筋だけ溢れていった。

呼吸を合わせて、リヴァイのペースについていく。
キスは変わっていない。

…そうなんだ。
あの時もそう思ったじゃない。
根本的な彼は変わっていないって。

不器用で言葉足らずで、優しくて…世界中の誰よりも愛しい。

唇だけではもどかしくなった時、不意にリヴァイの手の平がするりと腰の辺りから服の下に入ってきて、火照った体に直に触れた。

「あ、……っ」

腰から背中をもどかしいくらいに優しく撫でて、私の体温を確かめるように執拗に行き来する。
背中に指を立てられて、背骨を辿る手が少し上に上がり下着のホックを外すその僅かな振動にも、ぴくりと体が反応した。

口づけたまま、柔らかい皮膚に彼の指が沈んで。
胸の敏感な部分を何度も刺激されて。

最後にいつ彼に触れられたのかも正確に思い出せない程の肌に、今の彼の指が触れていく。



二人の間に零れる吐息も、纏う空気さえも熱くなっていた。


息が上がって。
呼吸が追い付かなくなる。


靄がかった頭で目を開くと唇が一瞬離れて、間近で同じように薄く目を開けた彼と目が合った。
その瞳は見慣れた色に熱を帯びていて、その双眼に見つめられると体がぞくりと期待してしまう。、


その色は吸い込まれそうな程綺麗だと思う。


する、とリヴァイの手がスカート越しに腰のラインをなぞっていった。
手慣れたように長いスカートをたくし上げると、その手が腿を辿ってから下着に入り込もうとして…。

期待したはずなのに、いざその部分に触れられると思うと体が身構えてしまう。


…いいの?
本当に?


思わず不安になって彼の顔を見上げると、その目は私を安心させるように少し細められた。

自然と近づく唇が重なって、その瞬間に下着に彼の手が滑り込む。

ぴくりと足が震えてしまい、羞恥に思わず彼から顔を背けた。
その横を向いた私の頬に、耳にリヴァイが口付けて、指と唇から与えられる刺激にはしたないくらい感じてしまう。


「や、……ぁ」


リヴァイの指が足の間に滑り込むと、その感触で自分が十分なくらい潤っていることに気付き、更に顔が上気した。


隠れていた蕾を濡れた指で軽く押されて弾かれると、電気を受けたように頭まで快感が突き抜ける。
親指でそこを軽く擦りながら長い指が身体の内部まで入り込んだ。
リヴァイの熱い唇は首を登って口を塞ぎ、そこから漏れる熱い息が、解けてキスに溶けていった。

強弱をつけて身体の中を出入りする彼の指と、その水音が増していくのを少し遠のく思考の端で感じながら。
恥ずかしいのと頭がおかしくなりそうなほどの感覚の中で、必死に、意識を保とうとする。


「ふ……っう、」


首元をリヴァイの舌が小さく舐め上げて、その熱い感触に今度こそ意識が飛びそうだった。
彼の手の動きにされるがまま、意志に反して身体が腰からのけ反ってしまう。


「あ、ぃゃ……ぁ…!」


快感を貪り自然と汗ばむ身体を抱き寄せ、リヴァイは更に指を奥に滑り込ませていく。

ぐっと敏感な部分を押されながら耳元にキスをされると、目の前が一際遠くぼやけていった。

もうだめだと思うのに、はしたないほどの身体は、もっと深くでそのもどかしい快感を味わおうと受け入れてしまうのだ。

限界まで性急に押し上げられて、全身を大きな波が襲う。


「−−−ッ!!」


その瞬間にもう一度唇が重なり、長いキスが終わるころ、思うように体が動かない私をリヴァイは堪能するように眺めていた。

びくびくと面白いくらいに反応する身体を熱が冷めきらないうちに抱き直して、リヴァイは私の体を扉横のチェストの上に持ち上げた。
反動でその上に置かれていた手編みの籠が、するりと柔らかく床へ落ちていった。


何度か瞬きをするけれど、どうにも焦点が合わない。
周りの世界が遠のいて、出来ることといえば荒く呼吸を繰り返すことだけだった。

ぼんやりとした視界の端で、リヴァイが手早く服を脱ぎ、私の片脚を自分の肩に掛けるのが見える。
既に熱く猛っていた彼自身を宛てがった瞬間、反射的に身体が勝手にもう一度震えた。

間髪入れず、リヴァイがその身体を、ぐぐ、と貫いていく。


「……あぁ…っ、…!」


悲鳴にも似た、熱い吐息が唇から漏れる。

充分すぎるほど潤っているのに、久しぶりにリヴァイを受け入れるその場所はお互いが狭く感じる程で。

奥までその熱い体温を受け入れると、波を忘れていない身体の先々までもに、猛るほどの熱が灯って行く気がした。

「……っ!」

初めてなわけでもないのに、脚の間がじり、と痛んだ。
しばらくこの行為をしていないと身体はそれさえも忘れてしまうのか。
少しだけ痛む入口と、その奥の方で受け入れた熱を味わうように身体の中が疼く。
うねる波が体中を支配していく。


……!?

さっきと同じような、この感覚。


う、うそ。
まだ…受け入れただけなのに…!


動き出そうとするリヴァイの服を掴んで、思わず懇願してしまった。


「……ァ、…ま、待って……っ」


身体の中が、うねるのが分かる。

じわじわとその熱が体中に広がっていって、ひくりと喉まで痙攣した。
喉が渇くような、叫びたいような、切ない感覚が頭の芯まで上っていく。

心臓がどくっと鳴ったのが、自分の耳にもよく響いた。



−−−!!!



途端に、リヴァイの肩を掴んだまま足の先まで、もう一度大きく痙攣する。

呼吸が止まって。

はあ、とやっと息を吐くと身体の感覚が鈍くも少し戻ってきた感じがした。


重い瞼のままリヴァイに目を向けると、ものすごく面白そうにその口元が上がる。


「まだ動いてもいないのに、随分と気持ちよさそうだな……?」


色っぽいその瞳が自分を覗き込む。

かあ、と顔に血が上るのが分かった。


わ、わたし…!
久しぶりにしても恥ずかしすぎる…!


慌てて下を向くと、掴まれていた足を更に引き寄せられて、今度は根本まで彼を受け入れることになった。


「あっ…!」


じわりと、自分の身体から何かが更に溢れ出す感覚がする。


「……!!」


恥ずかしすぎて今度こそ顔を隠すように両手で顔を覆った。
リヴァイがそんな私に顔を近づけるものだから、必然的にお互いが更に深く繋がる。
恥ずかしくてたまらないのに、自分の体はそんな意思に反して彼をもっと飲み込もうとしているのが分かった。

「…っ…リヴァイ……!」

息をすることもままならなくて、今度は快楽に涙が滲む。
顔を覆う私の両手をリヴァイが掴み、その手を自分の口元へと持っていく。
かり、と指を甘噛みされ、思わず目をぎゅっと閉じた。
その小さな刺激さえも、貪欲な身体は甘い愛撫として認識したようだった。


「…やっと名前を呼んだな」

「…!」


あ、と思った。
しまった。

まだこの人が以前の彼かどうかもはっきりしていなかったのに。

どうしよう。

なぜ名前を知っているって聞かれたら−−−。


また瞳を逸らしてしまう私をじっと見てから、リヴァイはふと顔を近づけて軽く耳に口づけた。


「目を逸らすな……エマ」


はっと、息が止まる。

…私の、名前。

思わず目を見開いて、ゆっくりとその瞳を見上げると彼は柔らかく私を見つめていた。
怪我をしてからはずっと見れなかった、その少し柔らかい表情。

顔が近づき、熱い舌が私の唇を割って入ってくる。
チェストの枠に小さく震える手で捕まりながら、その情熱的な彼のキスを受け入れた。

「ん……っ…」

それとほぼ同時にぐっと腰を掴まれて、リヴァイがゆっくりと律動する。

ぬる、とした熱い感覚に舌が、すぐに頭の芯が痺れていく。


「あっ、…ん、んん…っ」


早く、ゆっくりと。
浅くしてから、出来るだけ深いところで。

もっと、繋がって。
リヴァイ。

彼の吐息を私が飲み込んで。
私の吐息を、彼が飲み込む。

余裕がないくらい切なく眉を寄せるリヴァイがものすごく艶めいて見えた。
激しく体を求められて、答えられる限りその全てを彼に捧げたいと、強く思った。


「…エマ…」


ゆっくりされても、激しくされても、どちらでも感じすぎるくらいの私の身体は途中から感覚が無くなっていた。

なんて簡単な身体なんだろうと思う。

彼に触られるなら、結局なんだっていいのだ。


深く繋がりながらリヴァイが噛みつくように首や胸に歯形やキスマークを残しても、私はただ彼の熱を感じていただけだった。


彼に一瞬離されたとき、とろりと太腿を伝うのはどちらのものなのか。


それでもすぐに抱えあげられて今度はチェストに手を付けと言われ、その瞬間に後ろから抱き締められながらもう一度彼が入ってくるので、それもどちらでも構わなかった。


「…いい眺めだな」


意識が半ば朦朧とする私を上から見下ろして、リヴァイが満足そうにつぶやく。
いつの間にかスカートも脱がされ、乱れたシャツとホックが外れた下着だけが辛うじて腕に絡まっているだけだった。

「…?」

はあ、と呼吸を整えようとすると、それを見計らったように彼に貫かれる。

「…ん…!…あぁ…ッ」

腕を掴まれて、もう一度強く揺すられた。

リヴァイの体力というのは底なしのようで、以前にも増して一回一回が激しいので最後までついていくことは無理そうだった。
少し満足したようなリヴァイは足が立たない私を腰から抱きかかえ、慣れた足取りで寝室まで移動し、ベッドの上へどさりと少し強めに運んだ。

…本当に、もう全部思い出したの?

倒されて、掴まれて、彼の体重が身体に乗りかかる。

「…なんだかお前、以前より感じやすくなっているようだが……
他の男に触らせたりしてねぇだろうな?」

「…な……っ…?」

何言っているの、この人…
私はずっとあなたが忘れられなくて苦しんでたのに…!


「なに言って…、ん、ッ−−−!」


言い返そうとしたのに、ぐっと深く貫かれて言葉を発することも出来なくなった。

あ…、だめ。

くらくらと、視界が遠くなる。


こんなに何度もされたら、
もう頭も身体もおかしくなりそうだった。
休みなく与えられ続ける愛撫と行為に、止まることを知らないくらい際限なく自分の体から溢れていくのを感じた。


「お前、感じすぎだ…」


そう囁くリヴァイの体もいつにも増して熱い気がした。

激しく体温を行き来すると、もう何度目か分からない程の快感の渦に飲まれていく。

不意に、もう一度唇が重なった。

癖になるくらいの息苦しさと気持ちよさの中、一番深い所で何度目かの彼の熱を感じた。

彼の手から解放され、完全に身体から力が抜けた私を大きな手が強く抱き寄せる。




「−−−……待たせて、悪かった」




意識を手放す直前に温かい腕に包まれて、そう低く呟く声を聞いた気がしたーーー。










フロックス
おわり



      


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