△ ナカロマ 45
心臓が、どっくん、と嫌な音を立てる。
なに、これ。
見たくないのに。
目が離せない。
話し声が少し小さくなって、扉が開いたままの部屋にリヴァイが入っていった。
その後に続いて部屋に消えていくペトラさんの影。
閉まる扉の音。
−−−こんな時間に?
なんで、ペトラさんがリヴァイの部屋に?
手が震えて、
呼吸を飲み込んだ。
なにも考えられなくなったけど、頭で考えるより早く、私はその場から逃げ出していした。
石造りの廊下に足音が響いたけど、そんなことよりもその場から離れたくて仕方がなかった。
私がリヴァイの側にいたいと思うように、彼にはそう思える相手がいる。
普通に考えれば彼は大人なんだからそういう関係の人がいたっておかしくない…のに。
考えないようにしてた。
リヴァイは忙しいし、進んで恋愛するタイプじゃないから、恋人なんて作らないんじゃないかって自分に都合よく理由つけたりして。
また私、心のどこかでリヴァイが自分を選んでくれるんじゃないかって思ってたみたい。
今は無理でも、これからもう少し時間をかければ、恋愛対象として見てくれるんじゃないかって…。
大人な自分を見せて、アピールして…なんて。
あれだけ離れてた時間があったんだから、もっと考えればよかった。
久々に会えたリヴァイが以前と変わらず優しいから、もしかしたら、リヴァイも私と同じ気持ちじゃないかなって思ってた。
…同じ気持ちだったらいいな、って、思ってた。
そんなこと、あるはずないのに。
顔を近づけて、心配をして。
呆れた顔をしながらも側にいてくれた。
あの手の熱さも、少し柔らかくなるその表情も、何気なく触るその癖も。
もしかしたらずっと前から、私のものじゃなかった。
ペトラさんと一緒にいれば心が安らいで、夜寝られるようになって。
一緒に夜を過ごして、お互いを支え合って。
それは一番いいことじゃないか。
ただ相手が私じゃないってだけで、リヴァイにとってはいいことに間違いない。
今まできっと私が想像する以上に何度も辛い経験をして、色んなことを諦めてきた彼だから。
リヴァイには誰よりも傷ついて欲しくない、幸せでいてほしいって思ってる、けど。
それじゃあ、わたしのこの気持ちはどうすればいい?
彼のことを考えてドキドキするのも、会えないとき切ないのも、急に会えて心臓がばくばく鳴ることも。
何年もそうして毎日を過ごしてきたのに。
急にそれを終わりにしなきゃいけないなんて、どうすればいいんだろう。
本部横の道を抜けて、一般兵士用の宿舎へと走り出す。
来た時と同じ様に息が上がっていった。
でも、止まらない。
後から後から、リヴァイへの思いが溢れ出してくる。
リヴァイを諦めたら、わたしはどうなるんだろう。
離れていた間、何度か考えてきた。
もし私を選んでくれなかったら。
再会しても、素っ気なくされたら。
…だけど、それはいつも最悪の場合として一瞬考えただけで、臆病なわたしはリヴァイからはっきりと断られるまでは極力考えないようにしてた。
本当に諦めなくちゃいけないときが来たら、本当に本当は、どこかでいつかはリヴァイやエルヴィンから自立しなくちゃいけないのは分かってる。
離れて暮らしていた間も心の支えになっていた人たち。
一日でも想わなかった日がなかったくらい、大切なひと。
出来れば私が一番側で支えてあげたかった。
…私じゃ、だめなんだ。
ようやく自分の部屋が見えてきて、少し安心したのか急に喉が苦しくなる。
扉を開けて、内側のドアノブをぎゅっと握ったまま体を滑り込ませてすぐに引き戻して閉めた。
しん、とした室内にほっとして大きく息を吸い込んだ。
深呼吸をして落ち着こうと思ったのに、吸い込んだ息は肺から痙攣する様に震えていった。
目の奥がじんとして、閉めたばかりのドアを見つめているうちに視界が滲んでくる。
やっとドアノブを離して、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
ぽたぽたと頬を涙が伝っていくのが分かった。
声を殺すけど、嗚咽を止めることが出来ない。
なんで。
なんで、もっと前に教えてくれなかったの?
ひと言くらい言ってくれれば良かったのに。
そうしたら私だってもっと上手く…行動出来た。
この気持ちは誰にも言わないままで。
リヴァイにも、絶対に気付かれないように。
何もなかったみたいに普通に過ごせばいい。
今まで通り、一定の距離で接すればいい。
わたしもリヴァイを恋愛対象じゃなくて、もっと…人間として尊敬するようになれば。
そうしたらきっと、他の人と一緒になるリヴァイを祝福できるようになる。
他の人を抱きしめて、その人を一番に考えて、その人のことを心配するリヴァイを、心から祝福できるように…なる。
そう、なる?
なれる?
………ほんとうに?
…嘘つき。
あの夜、
一緒にいてくれるって…言ったのに。