ようこそ我が家へ

雷門中サッカー部の部室にて、新監督・円堂守は睨めっこをしていた。
相手は人間ではなく、手に握っている紙。「どこよりも安く、部屋探し!」「わがまま聞きます!」などという宣伝文句が躍る、不動産のチラシだった。

「あ、監督!おはようございます!!」
「おはようございます!監督!!」
自動ドアを潜り抜け、松風天馬と西園信助が部室に入ってきた。
「おう、おはよう!」
一年であり、誰よりもサッカーを愛する天馬とその友人の信助がいつも一番に入ってくる。続いて、部長の神童が、三年の三国が…という具合に、天馬と信助の投稿が皮切りとなり、次々と部員がやってくるのだ。
「あぁ、もうそんな時間か・・・」
時計を見る円堂。道具や練習メニューの説明の準備をしなければ、と腰を上げた。手に握っていたチラシは、畳んでズボンのポケットにねじりこむ。
「監督、その紙なんですか?」
円堂の持つ紙がホーリーロードに関するプリントでもなさそうに見えた天馬は、何気なく円堂に尋ねた。
「あぁ、これか。アパートのチラシだよ」
「え、アパートって・・・部屋でも探しているんですか?」
信助が首をかしげて言った。
雷門中サッカー部の監督なら、交通の便も良いこの地域に住んでいるはずだ。それなのに部屋を探しているだなんて不思議ではないか。
「そうだよ」
「じゃあ、今どこに住んでいるんですかっ?!」
心配そうに天馬が尋ねてくる。ホームレスとでも勘違いしているようだ。
「今は、友達の家に居候させてもらってるけど、流石にいつまでも世話になるわけにはいかないからなぁ・・・」
ははっと円堂は苦笑しながら答えた。
「じ、じゃあ!!俺の従姉、アパートの管理人をやっているんです!よければ、そこに住みませんか!!?」
「あ、そうだね!監督、天馬は従姉がアパートの管理人で、今はそこに住んでいるんです!」
天馬が目をキラキラと輝かせて言った。憧れの円堂が、もし一緒に住むことになったら、サッカーに関する色んなことを聞いたり、教えてもらえたりするんだと胸が躍って頬が緩む。信助も友人の家に行けば、監督に会えることを思うと嬉しくてたまらなかった。是非是非という目が円堂に突き刺さる。
「うーん・・・そうだな。ちょっと検討してみるか、今日の部活の後に行ってもいいか?」
「はい!俺から連絡しておきます!!」
天馬は電話をするからと言って、部室を一旦出た。

夕日が真っ赤に燃える頃。円堂は、天馬と並んで帰っていた。
「お前の従姉、どんな人なんだ?」
「えっと・・・すっごく優しくて、俺の面倒すごく見てくれて、料理が上手で、従姉だけど、本当の姉みたいな人です!あ、でも・・・怒ると怖いかなぁー」
はっとして、天馬は「今のは秘密ですね」と慌てて訂正した。
「そっかー・・・そういうやつ、俺の同級生にもいたなぁ・・・」
ふと思う出したのは、かつてサッカー部のマネージャーをしてくれていた同級生の女子だった。
黒髪にピンクのヘアピンを刺した少女。くりくりとした丸い目がその子の可愛さをさらに引き立てていた。誰もいないサッカー部に共に入り、最初の部室の掃除から、最後の卒業試合まで常にいてくれた。面倒見も良く後輩からはよく慕われていたし、彼女が作るおにぎりは母が作るものよりもおいしかった記憶がある。
そんな彼女のことだから、もう既に結婚しているかもしれない、ちゃんとお礼を言いたかったな、と円堂が哀愁を感じているうちに、天馬が「ここです!」と叫んだ。目的地に着いたのだ。
『木枯らし荘』という看板が門に掲げられていた。新しさはないが、古めかしさもない。
「へぇー・・・何か良い所そうだなー」
雰囲気だけではあるが、安心して帰れる場所になれそうな気がした。
「俺、秋姉呼んできます!」
従姉の名前は「秋」と言うらしい。マネージャーの同級生と同じ名前だな、と偶然を笑っているとガチャリと玄関のドアが開き、天馬と後ろに例の「秋姉」らしき女性がやってきた。
黒髪に丸い瞳。きっとマネージャーの秋が大人になったらこんな感じ・・・いや、絶対そうだと思える女性だった。
「秋姉!円堂監督だよ!!」
にっこりと笑って天馬が円堂を紹介する。
「え・・・?天馬、どういうこと?」
「だから、円堂監督がここに住んでみたいって!」
「え、円堂君が!?そんなこと一言も言ってないじゃない!!」
円堂を紹介された途端、「秋姉」は慌てだした。
(まさか・・・俺を知っている・・・?いや・・・っていうか、この人)
円堂は確信した。そして口を開いた。
「まさか・・・秋なのか・・・?木野、秋・・・」

そのまさかだった。

秋曰く。電話で「あのさ!木枯らし層に住んでみたいっていう人が居るんだけどさ!!秋姉、夕方にその人連れてきてもいい!?」という勢いで天馬は喋っていた。それが誰か聞く暇もなさそうなぐらいに。
「・・・そういうことか・・・」
秋に怒られて、天馬は落ち着きが足りなかったことを反省しているようだった。
「いやぁーでも、まさか秋と天馬がイトコ同士だったなんてな」
「ごめんね、円堂君。こまめに連絡でもすればよかったよね」
中学時代にメールアドレスはお互いに交換していたが、高校に入るとあまり連絡を取らなくなり、そのうちアドレスを変更するも、その連絡すらも入れなくなり、音信不通になってしまったのだった。
「いや、いいさ。なんか、思いがけなくて嬉しいよ」
にっこりと笑う円堂の顔は十年前と変わっていないことを知ると、秋も自然に笑顔がこみ上げてきた。
「それで円堂君。ここに住むの?」
「秋が良いなら、住ませてほしいなぁー」
男一人だから、部屋の広さは気にはならなかった。加えて、嬉しいことに食事は秋が作ってくれるとのことだ。断る理由なんてなかった。
「じゃあ、契約書とか色々書いてもらわなきゃね。今印鑑とか持ってる?」
「いや、持ってないから日曜日にでもいいか?」
「わかったわ。じゃあ、よろしくね。円堂君!」

「じゃあね、円堂君」
「ああ!天馬も、また明日な!!」
「はいっ!」
円堂の背中が遠ざかる。
円堂が木枯らし荘にやってくることになって、天馬は非常に喜んでいたが、逆に秋は不満そうな心配そうな・・・極まりが悪そうな顔をしていた。
「秋姉、なんか顔色悪いよ?」
天馬が秋の顔を覗き込む。天馬の顔が視界に入って、秋ははっとしてその場を取り繕った。
「ううん、なんでもないわ!それより、ご飯にしよっか!今日はハンバーグよ!」
「やった!」
嬉しく跳ねるように天馬は木枯らし荘へと駆け出す。
(どどど・・・どうしよう・・・円堂君が家に来るだなんて!!)
憧れを抱いていた少年が大人になって同じ屋根の下で暮らすことになるだなんて、秋はこれっぽちも想像してなかった。ことが進むにつれて、その実感が強まっていった。


一方、円堂も。
(まさか秋のアパートに住むだなんて)
中学時代にマネージャーとして世話になった同級生のアパートに住むことになるとは考えてもいなかった。とっくに結婚して家庭を築いてもおかしくないとほぼ確信していたといっても過言ではないほどだったのに。
(不思議な偶然だなぁー)
中学時代に秋が好きだったかは分からない。
でも、こんな展開、恋愛漫画みたいで二度目の青春が来たように思えた。


―――――
2011.7.2
円秋イェア!!円秋エンドプリーズ!とか悶々としてたら、部屋探してる円堂が木枯らし壮に来ればいいじゃん!という極地に至りました。時間的には円堂が監督就任して数日後ぐらい。
アメリカからの電話は、一之瀬でいいです。恥ずかしがったのは「もう!天馬ったら、私と一之瀬君はそんな関係じゃないわよ!からかわないで!」ということになってます(in 脳内)

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