おかえり、こいごころ

大剣を携えたその姿は、まさしく英雄の風格だった。
オルレアンに召喚され、自分が盾となり、剣となり、戦えぬオルレアンの人々を守っていた竜殺しの英雄―ジークフリート。

特異点の修復のため、彼は協力してくれることとなった。


「っ!しまった!?」
1体のワイバーンを食い止めていたマシュ。それを嘲笑うかのように別の1体が頭上をすり抜ける。
「小次郎!頼む!!」
マスターの指示を聞き入れ、小次郎が態勢を変える。
「…承知…!」
仕留め損ねたワイバーンに向かって地を蹴る。一気に接近し、一閃。
血飛沫が小次郎の顔に掛かるが、気にしてもいられない。寧ろ、戦っているということを実感させてくれる。
高揚したまま、次のエネミーヘ斬りかかった。


押し寄せた竜の大群を退け、平原に束の間に静寂が戻る。マスターとマシュが笑顔で労いの言葉をかけてくれて、小休憩の後に再出発との連絡をくれた。
安堵の一息をつくと、背後から声がかかった。
「先程は見事だった」
ジークフリートが賞賛の言葉を送ってくれた。
「…竜殺し殿から褒められるとは光栄だな。」
ただ、己の求めるがまま剣を極めた無名の剣士であった自分が、広く知れ渡るような英雄に褒められるとは何とも貴重な体験だ。
「こちらこそ、そなたには助けられている。今しばらくの付き合いではあるが、よろしく頼む」
精一杯の敬意を払い、ジークフリートに背中を預けることを示す。不器用なりに表情を緩めた。小次郎の想いは伝わったらしく、ジークフリートも口の端を吊り上げた。

「あ…」
ふと何かに気付いたジークフリートが小次郎の顔を覗き込む。
「動かないでくれ。血が付いている」
先程のワイバーンの返り血だろう。大した量ではなかったので、気に止めなかった。
カシャリ、と籠手を外し、ジークフリートの手が小次郎の頬に伸びる。
血痕が付いた部分を見つめるジークフリートと視線が合う。人種が違う、異邦の者の整った顔立ちに、思わず男の自分でも見とれる。
「…取れた。少々手間取ったな…すまなかった」
乾いてしまったようで、なかなか取れなかったらしい。撫でるようだったジークフリートの手に少し力がこもっていったのは直に感じ取れた。
「髪にもいくらか付いている。水辺に辿り着いたら洗うといい」
「別に気にするほどでもない」
返り血なんていちいち気にしては埒が明かないので小次郎は放っておくことにしていたものの、ジークフリートは意外な言葉を投げかけた。

「折角の綺麗な髪が汚れるのは勿体ないと思うのだが…」

まるで口説き文句だ。
ジークフリートはその気はない。「汚れたから綺麗にする」という生理的習慣に基づいて発言しただけ。なのに、ドキリと胸の奥がざわつく。

「は、ははは…それは女子に言ってやっては如何かな?」
多くの意図を孕んでおらずとも、ジークフリートの言葉は小次郎の心を揺さぶった。
心臓の音が聞こえそうなくらい、鼓動が速まる。
自分でも明らかに動揺していると分かるのだ。どうしたものかとジークフリートから視線を逸らしながら思案しようとした矢先に、マスターから出発するという号令がかかった。

初めて交流したのはその時。その、たった一度の出来事が小次郎の心に爪痕を残した。
それから、気付けばジークフリートのことを自然と目で追い、もっともっと話掛けてみたい、彼のことが知りたいと思うようになったものの、邪竜ひしめく戦火の中では小次郎個人の小さな願いを叶えることさえ難しかった。


おそらく自分は彼に恋をしたのだと思う。
だから、別れがこんなにも惜しい。


自覚した時には遅く、聖杯が回収され、あとは特異点が正常の歴史として元通りに戻るだけとなった。
カルデアのマスターのサーヴァントとして、このオルレアンでの仕事は終わったのだ。

ジャンヌ、エリザベート、清姫―協力してくれたサーヴァントたちの体が金色の光に包まれる。
別れの時だ。

最後の最後にマスターが協力してくれた礼を告げ、まばゆい光に反射的に目を瞑った。次に目を開けた時はカルデアに帰還していた。

(彼には別れの一言も言えず仕舞か…)

サーヴァントとして、主の剣としての役目は果たせた。それで良いではないか。今は1人の人間ではなく、マスターの刀の一振りなのだから。

そうして小次郎は自分の恋心を封印した。


***



それからいくつかの特異点の解決を経たある日。
戦力の増強と戦術の幅を広げるため、マスターが近々新たなサーヴァントの召喚を試みると告げた。

カルデアの召喚システムは不安定だ。確実に狙ったサーヴァントが来てくれるわけでもないため、どのようなサーヴァントが召喚されるのだろうかと、朝から話題になっていた。
小次郎はぼんやりと「マスターの力になってくれる者なら」「あわよくば、自分と張り合ってくれる強者であれば」と思って、ぼんやりと窓枠に体を預けて外を眺めていた。

外の風景といっても、外の世界は人理焼却によりまともな風景ではない。平常の時間軸であっても、猛吹雪で風情も何もなかろう。
時間が止まってしまった風景を眺めていると、コツコツと廊下を歩む音が聞こえてきた。
恐らくマスターの皮靴と、もう一つ。カシャカシャと固い金属音が付随されている。
誰だろうか、甲冑を着込んだ者といえば…と、カルデアに居るサーヴァントを思い返し始めたところで、足音が止んだ。

「小次郎!」

マスターが自分を呼んだ。
小次郎が顔を上げるとそこにいたのは、見慣れた白いカルデアの礼装のマスターと―。


「さっき、召喚に成功したんだ!ジークフリートだよ!」

嬉しそうに、明るい声でマスターは報告してきた。

銀髪に、竜の血を浴びた褐色の肌、腹から顔に掛けて走る紋様。呪いで開いた背中。背には大剣を掲げた剣士がそこにいた。

「…久しぶりだな。小次郎」
マスターの傍で控えるように、だが、威風堂々と立つ英雄然とした姿。間違いなく、オルレアンで会った竜殺しのセイバー・ジークフリートだ。

「今、ジークフリートを案内してたんだけど、小さな特異点が見つかって…行かなくちゃいけなくなって…小次郎がジークフリートの案内変わってくれる?」
マスターの頼みを引き受ける返事をする。マスターは「あとはよろしく!」と引き継ぎの言葉を残し、駆け足で管制室の方向へと向かっていった。

「…召喚に応じてくれたのだな…」
「あぁ。ようやく来れた。遅くなってすまない」
己の正義を成し遂げたかったジークフリートは、人理修復のために体を張るマスターの力になりたいと、オルレアンで出会った時から、ずっと思っていた。
送れた申し訳なさと同時に、マスターの力になれることに高揚している雰囲気を彼から感じ取った。

「それから…久しぶりだな、小次郎」

あぁ、間違いなく、あのジークフリートだ。
オルレアンで背を預け、自分が恋焦がれた、自分の髪を綺麗だと言ってくれた、あの―。

嬉しいのに胸が締め付けられて苦しい。心音が一際大きく聞こえる。

「私もそなたと再び出会えたこと…これから共に居られること…嬉しく思うぞ」

言葉を交わそうとするのが、これ程億劫になるとは、生娘ではあるまいしと小次郎は自分を嘲笑う。
普段よりたどたどしく言葉を絞り出したが、自分はいったいどんな顔をして彼を見ているのだろうか。きっと、にやけたような、笑っているような、妙な顔をしているに違いない。

自分らしくはない。恥ずかしい。馬鹿馬鹿しい。
それでも、この感情を、小次郎は悪くはないと思う。封じた感情を呼び起こせたのは、失くしていた物を探し当てられたことに似ていた。
いつか―いつになるか分からないけれど、「好き」と伝えることが出来たら、現界している刹那の時を共にできるだけでも、かけがえのないものに出来たら、と万感の想いを込めて小次郎は告げた。

「これから、よろしく頼む」

刃のような人物の静かに咲く花のような笑みに、ジークフリートも思わず微笑んだ。



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2017.10.21
FGOで小次郎のモーション改修が来たので、嬉しさで8月の章別PUでジクフリ引いたときに勢いで書きはじめて放置していた作品を書き上げました。

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