淡く、儚く、偽りの

黒を基調に赤が点在する機体が生き残った最後の一機の腕をもいだと同時にウォータイムの終了が告げられた。

通信からキョウジの嘲笑と「命拾いしたな」という声が聞こえた。

黒を基調とした機体の主は最初からLOST目的で相手にかかっていたのだ。あと一分、いや手にした刃を振り下ろすわずか数秒でよかった。その数秒あれば相手をLOSTへと持ち込めたのだ。機体の主が神威大門統合学園に二人しかいないオーバーロードの持ち主―その一人、瀬名アラタだったのだから、全く持って運がいいとしか良いようがない。
エゼルダームの所属を表す黒い制服を身に纏ったアラタがコントロールポッドを降りた瞬間、キョウジがからかうように言い寄ってきた。
「ったくあんなやつオーバーロードを使えばすぐ片づけられたのによォ…」

「あ、あぁゴメン。ちょっと最後バテちゃってさ。もっとキョウジみたいに上手く使いこなせたらいいのに」
疲れのせいで肌は冷や汗で濡れ、立ち姿もおぼつかない印象を与える。加えて目が病人さながらの虚ろさを持っていた。「でも、バテバテなのに倒したのは褒めてくれよー」とアラタは苦笑しながら、いつものように明るい声で付け加えた。
「おいおい大丈夫かよ…」
「うん、セレディのところに行ってくるよ…セレディのところに行けば大丈夫だから…」
最後は自分に言い聞かせるように、他者から聞けば言葉からは揺るがない信頼と安心感を持っていることを感じさせるようだった。

まだ制御が不完全なオーバーロードの後遺症でふらふらになりながらアラタはセレディがいるブリーフィーリングルームに向かった。
途中で青い制服を着たジェノックの生徒が数名固まって談笑している集団とすれ違ったときに、疲労による聞き間違いだろうが、全員から「アラタ」と呼ばれた気がした。
聞き間違いだと思ったし、何より体調不良の不快感をいち早く拭いたかったので、アラタはまっすぐにブリーフィーリングルームへと向かった。

ただ何故か、その声は聞き間違いと思うには、響きに鮮明な懐かしさと、悲しみや思慕といった何かしらの自分への思いを感じた。それがアラタの思考をかき乱した。
頭が、あのジェノックの制服の青さに支配された。自分もあの色の制服を着ていて、隣に、正面に、後ろにあのときすれ違った者たちがいて、一緒に歩いた、一緒に勉強していた映像が、覚えがないのに簡単に思い浮かぶ。
まるで夢を見ているかのようなあり得なさと気持ち悪さがあった。

そんな不可思議な現象に苛まれながら、アラタはブリーフィーリングルームの扉を開けた。
「セレディ…」
その髪の青さは、ジェノックの制服よりも鮮やかで、見慣れた青さにアラタに安心感を与え、脳内に浮かんだ不愉快な映像を一蹴した。
「やぁ、ご苦労様」
まじまじとセレディはアラタの顔を覗き込み、状況を理解した。
「オーバーロードの酷使かな…今日も頑張ったからね」
自分の労をねぎらってくれるセレディの言葉にアラタの胸は幸福感に包まれた。
「もう少し歩けるかな?また君の好きなお茶を入れてあげるよ」
ごく自然にセレディがアラタの手を取った。
「はは…ありがと…」
少しだけ力を振り絞って、アラタはセレディが導く先へついていった。

まだ陽が出ている時間だというのに、カーテンが引かれ、壁を覆い尽くさんばかりに置かれた本棚やパソコン、素人目では何の用途か分からない機械類、無機質な電子音と共に謎の数値を弾き出すディスプレイ。
自分が研究室として頼んで与えてもらった空き教室。
アラタはセレディからそう聞かされていた。
セレディの頭脳は世界的に有名だし、本人も今もなお新しい発見、発明をしようと勉学に貪欲なのだから、アラタは他の教師と違って、職員室以外の部屋を持つことを許可されたことに対して違和感はなかった。寧ろ、天才的頭脳を持つうえ、教師を続けながら、まだ勉強しようとするセレディの意欲は勉強が苦手な自分には無いもので、すごいと尊敬に近い感心を持っていた。

「そこに座っていいから」
セレディが普段座っているであろう机の椅子を示され、アラタは素直に座った。
長時間のデスクワークによる疲労感を和らげるような座り心地を提供する椅子だった。それなりに柔らかいクッション材にアラタは身を委ねた。
「はい」
アラタは目の前に差し出されたカップを手に取った。
あまり匂いは強くないが、甘く、落ち着く匂いのするお茶。

最初にこの部屋に入った日、今日と同じようにオーバーロードの使用で酷い体調不良に苛まれた日。セレディが落ち着くだろうからと淹れてくれたものだった。飲んだことがないお茶だったものの、一口飲んだだけで大分気分が落ち着いた。怪しいものではないかと少々不安になり、何かと聞いてみたら、趣味と好奇心で市販の茶葉を混ぜたり、香りをつけたりして、疲労回復効果のあるお茶を作ってみたらしい。
「怪しい薬とかじゃないから」と心を見透かしたようにいたずらっぽい笑顔で言われた。
何度もこの部屋に足を運んで、毎回出してもらっているが、飲んだ後は、すぅっと眠りに落ちることができる。

一口を付けて落ち着いたところでアラタは口を開いた。
「セレディ」
「ん?何だい?」
「さっきさ、ジェノックの奴らとすれ違った時、全く身に覚えがないことなのに、ジェノックの奴らと勉強したり帰ったりしている様子が頭に浮かんでさ…何ていうか、その…気持ち悪いんだ。俺が俺でないって言われているみたいで」
「そっか。それは苦しかったよね」
憐れんで、同情して、慰めるようにセレディはアラタの髪を撫でた。
「大丈夫だよ。アラタはここに来た時からエゼルダームで一緒に戦っていたじゃないか、私はちゃんと君の活躍を覚えているよ」

最初は無茶な行動でセレディにも怒られたし、キョウジとも対立した。
作戦や学校生活を通して、エゼルダームの皆と絆を深めていった。
オーバーロードの力を発現して、その力の大きさを怖がった自分を支えてくれたのはキョウジやセレディだった。

セレディが語ってくれた事象はすべて確かで、ジェノックの生徒との接触なんてなかった。ましてや、自分がジェノックの所属だったなんてありえない。
「そうだよな」
不安が拭われたところで押し寄せた安堵。途端に、この安心感の中で眠れと言わんばかりに睡魔が押し寄せてきた。
「なんか…すっげぇ、眠くなってきた…」
ふあ、と大きな欠伸が一つ出てきた。
「体が休息を求めている証拠だね。ゆっくり眠ると良いよ」
「ありが、と。おや…す、み…せれ」
セレディの名前を言い終わる前に、アラタは寝心地はあまり良くないであろう椅子に沈んだ。

「おやすみ」
と、セレディは既に夢の世界へ旅立ったアラタに返事をした。
規則正しい息遣いを繰り返すアラタを確認し、セレディはアラタの頬に触れた。

「悪いね、私の力不足で君に辛い思いをさせて」

アラタは幻想じみたことだと気味悪がったが、アラタがジェノックにいたことはまぎれもなく事実だし、彼に関わったものなら生徒も教師も知っている。しかし、アラタの記憶とその事実は合致していない。

原因はセレディだった。
アラタを機械にかけて、この神威島に来てからの記憶を操作した。ジェノックに関する記憶は、全て消去され、代わりに彼が与えたのは最初からエゼルダームに所属していたという偽りの記憶。

「今度はもっと綺麗に消してあげますよ…」
健康的な眩しさのある額に、セレディは愛おしそうに軽く唇で触れる。

セレディはアラタの記憶をまた塗り替えた。
ジェノックには返さない、エゼルダームにいて、ゆくゆくは自分のもとにずっといるように仕向けるためにゆっくり、じわじわと。
アラタが本当の記憶を思い出しても、また記憶を消して、塗り替えればいい。
人も過去の爪痕を消して新しい時間を刻んでいるのだから、セレディからすれば、それとそう変わりはない。




「やあ、おはよう。いきなりだけど質問だ。君は誰かな?」
目覚めたアラタ。鈍い節々の痛みを感じたが、原因は今の状態、椅子の上に座ったまま寝ていたことだとすぐに理解できた。ウォータイムの後にセレディのところへ行ってそのまま眠ったのを思い出した。
「はは、何言ってるんだよ…」
よく分からない冗談を言うなぁと呆れつつ、アラタは答えた。
「エゼルダームの瀬名アラタだよ」

その答えを聞き、セレディは満足げに口角を上げた。

今日もアラタはセレディが用意した偽りの世界で知らず知らずに生きる。




―――――
2013.11.2
ダンウォのセレアラ。
エゼルダーム堕ち美味しいです。洗脳美味しいです。

[ 13/24 ]


[目次へ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -