愚行の末

「俺と駆け落ちしないか?」
「はい」

俺の馬鹿げた誘いをジョシュアは二つ返事で承諾した。
ジョシュアがこんな誘いに乗ってくることにたいしても、相当驚いた。ジョシュア自身は驚くことも、迷うこともせず即座に返事をして、俺が伸ばした手を取った。そして、抑揚のない声で言った。

「でも、すぐにカイン様が見つけてくると思いますよ」
このときはまだ、この言葉の意味を俺は深く受け取らなかった。

そもそも俺がこんなことを思いついたのは、カインからジョシュアを引きはがしたいという理由からだ。
執事という立場上、ジョシュアはカインに一生仕える気でいるし、カインもジョシュアが一生仕えてくれる、傍にいてくれると思っている。それでは、いくら俺とジョシュアが愛し合っていても、将来的には一緒になれないのではないかという不安に駆られて「駆け落ち」という手段に出た。

屋敷の裏口からこっそりと出て、当てもなくジョシュアの手を引いて走り始めた。
俺の自宅に行くぐらいではばれてしまうし、キャットカフェも割とすぐに見つかるだろう。
「ジョシュアは何処へ行きたい?」
「特にありません。アキュラスさんのお好きな所へ」
何となく無気力に感じるジョシュアの台詞。いや、「何となく」なんて不確かなものではない。確かに、内容も声音も含めたすべてが無気力に聞こえる。
日も傾き始めた。早めに屋根のある場所を探して、ジョシュアを休ませたかった。
「ジョシュア、本当に嫌だったら、戻っても―」
「構いません。どこまでも行ってみてください。どうせカイン様が見つけに来るんですから」
ジョシュアの「逃げてみろ」という、いつになく挑発的な口調。先ほどの無気力さも含めて、ジョシュアの意図が見えない。この方法に出た理由の不安よりも、今はジョシュアのこの雰囲気が不安だった。加えて、ジョシュアを連れ出した、やってはいけないことをしてしまったのではないかという恐怖も湧き出てきた。

「アキュラスさん、震えていますよ?」
「あ…」
風が吹いて、冷や汗が額に流れていることを知らせる。
「大丈夫ですか?」
「あ、いや…大丈夫だ」
気づけば心臓がバクバクと大きく脈打っているのを感じられるほど緊張していた。
最初から分かっていると思っていたが、やっと本格的に自分の行為の愚かさを思い知った。
だが、引き返すのも嫌だった。カインに負けたくない、という子供じみた勝負心が戻ることを選ぶのを拒否する。
「ジョシュア、俺…」

苦しくて、この胸の内をジョシュアに打ち明けて、少しでも胸の重りを外そうとジョシュアの名前を呼んだ。
その時だった。

「…あ」
「っ?!」
バリバリという激しい音が上空から降ってきた。
何事かとジョシュアに危害が加わらないように、手を引いてぎゅっと抱きしめた。
「…カイン様」
ぽつりとジョシュアが呟いた。
ゆっくりと俺たちの眼前に音の正体が降りてくる。
ヘリだった。ご丁寧に持ち主の名前もペイントされている。
「まったく、ここにいたのか。ジョシュア」
ドアを開けて、持ち主・カインが出てきた。
一旦、じろりとこっちを見てきましたが、見ただけで何も咎めてくることはなかった。
「申し訳ありません、カイン様」
「…お前は誘拐されたのか?それとも合意の上でアキュラスと逃げていたのか」
「カイン、それは俺が…」
「いえ、カイン様。これは私が…」
俺がきっかけ、俺が悪いはずなのに、ジョシュアは俺の前に出て、責任を負おうとしていた。
カインは、眉をハの字に曲げて、俺たちを一瞥してから、納得したように口を開いた。
「分かった。帰るぞ、ジョシュア。アキュラスも乗れ」

戻りたくはなかったので、気は進まなかった。だが、ジョシュアが「行きましょう?」と問いかけてきたので、半ばしぶしぶヘリに乗った。

ヘリの中では終始無言でいた。
恋敵(と勝手に思っている)であるカインとは話す気がなく、ジョシュアとは話しかけるのは気まずかった。
ふと飛び出す前に言われた言葉を思い出した。
「でも、すぐにカイン様が見つけてくると思いますよ」という言葉。
それは本当で、カインはこうして抜け出した俺とジョシュアを見つけたのだ。
監視カメラとか、GPSでも持っているからだろうと推測した。そういった点でも財力的にはやはり敵わないと痛感した。

「カイン様、本当に見つけてきたでしょう?」
カインの屋敷に着いてから、ジョシュアが尋ねてきた。
「あぁ、そうだな…驚いた」
無難に返してみて、ジョシュアの顔を見た寂しそうに笑っていた。
「私は、カイン様とは離れられないんですよ。すみません」

この騒動のきっかけを見透かされたようで、胸の奥がちくりとした。
最後に残ったのは、自分の行動に対しての虚しさと、これからの俺たちの将来への不安だった。


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