短編集 | ナノ


Before The Night



  ※高校生設定です


 わたしと彼・高坂くんが付き合い始めて、今日で丁度3年目を迎えた。
中学生の頃、同じクラスになって。教科書を忘れた彼に本を見せてあげたり、試験前に一緒に勉強をするようになったことが切欠でよくしゃべるようになって。

 いつの間にかお互いの良さに惹かれあって、彼からその想いを告白してくれた。

今でも一字一句思い出せる、王子くんの不器用な告白。顔を真っ赤にして、視線を外しながら。ちょっと高慢な態度で「俺が名の彼氏になってやる」って。

 文字だけで見ていたらとても偉そうなんだけど、実際に言われた時は全然そんなことはなかったの。だって王子くん、この上なくいっぱいいっぱいだったんだもの。かみかみになって、握りこぶしを作ったり、手を伸ばしたりして…。
所謂「テンパって」いたの。その姿にどうしようもなく惹かれて。わたしは彼の告白を受けた。


 喧嘩をしたりしたこともあったけど、別れ話になることもなく今日この日を迎えることができた。
わたしも彼ももう高校生。それにお付き合いをし始めて結構、長い。
…その、”そういう事”にお互い興味を抱き始めているけれど、どうにも切り出すことができなかった。

 だからこの3年目の記念日に、何かしらアクションをしようかなって、そんなことを思っていたりなんかして、ね。
 王子くんも一線を越えることを意識していると、思う、たぶん。だって今日、彼の家にお呼ばれしているんだもの。「今夜は家族がいない」という文言つきで。
 …ここまで言われたら、わたしだって期待しちゃう。わたしは中学からの友人である日向に頼み込んで、「今夜は日向の家に泊めてもらっている」と話を合わせてもらうことにした。
わたしと王子くんの関係を知っている彼女は深い理由を尋ねることなく快諾してくれた。…始終にやにやと口角をあげていたのが気になるけれど…しょうがない、よね。

 今夜は日向の家に泊まってくるね、と両親に話すとにこやかにOKをしてくれた。
信頼をしている家族に嘘をつくことは良心が痛んだけれど…ごめんなさい。わたしは心の中で頭を下げた。



 そして今、わたしは彼の家の前に立っている。
中学の頃から何度もお邪魔させてもらっている高坂のおうち。とても広大な敷地を保有していて、ちょっと気を抜くと迷子になってしまいそう。
 これから起こるかもしれないことにどきどきしつつ、わたしはインターホンを鳴らす。しばらくして聞こえてきたのは聞きなれた王子くんの声。いつも通り家の中へ案内を受けて、敷地の中へ足を踏み入れる。

 玄関先で出迎えてくれた王子くんは、今まで見たことのない服を着ていた。
モノトーンでまとめられたシックな服装はなんだか大人の男の人っていう感じが漂っていて、思わず心臓がはねてしまう。
ただでさえ中学の頃からぐぐっと身長が伸びてかっこよくなっているんだから、そういう格好は反則だと思うの。それにやっぱり、3年前と比べて声も前より低くなった感じがして、それもまたわたしの動揺を誘ってくる。

 わたし、どれだけ王子くんのことが好きなんだろう。
だけどきっと王子くんはこのことを知らないんだろうな。わたしだけがこんなにドキドキして、余裕がなくなっているのかな?
 そんなことを考えながら、彼の部屋へ案内される。一緒にプレイしたゲームや、わたしのお気に入りのクッション…中学の頃から何度もお邪魔している王子くんの部屋。

 ドキドキしながらいつものごとくクッションを抱きかかえるようにして彼のベッドに腰掛ける。彼はお茶を淹れてくる、と一言断って部屋を後にした。
 どうしよう…変に意識してばっかりだから、顔、真っ赤かも…。そんなことを考えると一気に全身の血液が沸騰しているような錯覚さえ覚えてしまう。
駄目だわ、わたし…さっきから変なことばっかり…考えちゃっているもの…。おかしい子だって、思われちゃう。恥ずかしい。
頭の中は全部王子くんのこと一色で、王子くんとこの後どうなるのか。そんなことばっかり堂々巡りで考えている。

「はぁぁぁ…どうしよう…!」

「何をどうするっていうんだ、名?」

 クッションを抱きかかえながらベッドの上でバタバタしていたら、すばらしいタイミングで王子くんが戻ってきた。お盆の上には二つのグラス。持ってきてくれたのはいつもの紅茶かな?わたしの好きなベルガモットのアイスティー。

「王子くん!!お、おかえりなさい!!」

「なぁ、名どうしたんだ?寝っころがって…」

「あ、いや…これは…その、なんと言いますか…えっと」

 いきなりの登場にわたしは驚きを隠すことができなくて、一気に体を起こしてお茶を濁す。どうする、なんてそんなこと話せるはずがない。そんなの…恥ずかしすぎて話せるはずないもの。だけど真っ赤な顔でごまかしきれるはずもなく。わたしの顔色を確認して王子くんがいじわるそうに微笑む。
手に持ったお盆を机の上に置いて、王子くんはわたしの隣に腰掛ける。隣、というか…完全に至近距離。呼吸、下手をすれば心臓の音まで聞かれちゃうんじゃないかなって思えるくらいに、近い。

 そのまま王子くんはわたしの肩をつかんで、ぐいと抱き寄せる。わたしの顔が彼の瞳の中に映る。そこにいるわたしは、真っ赤になりながらも、どこかこの後の展開に期待しているように見えて。
 自分にこんな顔をすることができるだなんて…わたしは思わなかった。


「…そんな顔真っ赤にしてよ…

 ヘンなことでも、考えてたのか?」


 耳元でそうささやかれる。それだけで全身がぞくりとした。
まるで優しく前進を愛撫されたかのような感覚。脳の、快感を掌る部分を掴まれたように錯覚してしまう。


「まさか名にそんな面があったなんて、知らなかったな」

「…っあ…… お、おうじ…くん…」


 王子くんの声が、耳に、脳に響く。ぞくぞくした感覚が止まらなくて、体が震えてしまう。心臓が大きくはねて、身も心も蕩けてしまいそう。
こんなの知らない。こんなの…知らないよ…、王子くん。知らない感覚が怖くて、だけどこの先を知りたくて、期待を込めた視線を彼に送ってしまう。

 王子くんにしてほしいこと、わかっているはずなのに、口に出せない。恥ずかしいから。そんな言い訳。


「名」

 優しく呼ばれるわたしの名前。それすらも甘い麻薬のようにわたしを夢中にさせる。

好き、好きだよ、王子くん。大好きなの。あなたが、大好き。


「王子くん」


 好きなんて言葉だけじゃ足りない。その言葉だけじゃこの気持ちを完全に言い表すことはできないの。それでも好きだと、口にせずにはいられない。言葉を紡がないで心のうちに溜めこんでいたら、この気持ちがあふれて決壊してしまいそうになるから。


「好き、好きだよ、王子くん」

「俺もだ」

「大好き…世界で一番、あなたが好きなの。もうどうしようもないくらい、すき…」

「…名…」


 一度零れてしまうと、止まらなくなってしまった。溢れてくる気持ち。どれだけ言っても足りないくらいの愛おしさ。
王子くんの事が好きで好きで、好きすぎて、目元に熱が集まる。両腕は無意識のうちに彼の体を求めて、そしてとらえる。ぎゅっと抱きしめると王子くんの体がびくりと反応した。

 どくん、どくんと聞こえる彼の鼓動。…すごく、よく聞こえる。
わたしと同じか、ひょっとしたらそれ以上だね。王子くん。

「王子くんの心臓の音、すごいね…?」

「…名にこんなことされたら、こうなるに決まってるだろ」

「えへへ、 うれしいな」

「名…」



 そう言って王子くんは両腕に今まで以上の力を込めてきた。
その力加減さえ愛しくて、思わず声が漏れてしまう。



「…いい、な?」



 そう呟く彼。
わたしはただ首を縦に振ることしかできなかった。






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一戦を超えるのならば義務教育修了後じゃないと、と私の良心が言ってきたので。
長くなりそうなので前ふりだけ。思い切り甘く。続き?書く書く詐欺にならないようにだけ気を付けます。

2012.06.10



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