短編集 | ナノ


吊橋効果



 ここ最近、僕はおかしい。
クラスメイトである名さんのことが気になって気になってしょうがないのだ。
いや、気になるという表現は具体的じゃないかもしれない。それだけじゃないからだ。

彼女の白い肌、つややかな髪、華奢でありながら女性的な丸み、鈴を転がしたような愛らしい声。

彼女のすべてが僕の理性を根本から揺さぶり、崩壊させようとしてくる。
ひょっとしたらそれは言い過ぎなのだろうけど。僕にはそう思えて仕方なかった。

可能ならその体を抱きしめて、両腕の中に閉じ込めて。口づけて僕のものだと証を刻み込んでしまいたい。

―なんて、強攻的なことを考えてしまっている。
おサルさん状態とはよくいったものだ。それに近いかもしれないね。
僕がこんなことになってしまった原因は2つ。1つは名さんがそれだけ僕にとって魅力的な女の子だということ。そしてもう1つは、

「あ、秋瀬くん…どうしよ…やっぱり開かないよ…」
「……万事休す、か……」

密室で彼女とふたりきりになってしまっているということだろう。

事の発端はこうだ。
放課後の掃除で僕らの担当箇所が体育館だった。もちろん2人きりじゃない。ほかのクラスメイトだって一緒だった。
早く終わらせて帰ろうという雰囲気になり、掃除自体はすぐに終わらせることができた。
しかしほかのみんなは早く帰りたいという気持ちがあまりにも強かったらしい。掃除用具の片づけという最後の詰めを僕ら2人に押し付けて颯爽と帰宅してしまったのだ。
結局僕と名さんの2人が残されてしまい、箒だのモップだのを倉庫へ直していた。
この倉庫、扉がかなり立てつけが悪いらしい。入るときかなり苦労させられたのだが、問題は出るときだった。用具をすべて収納し、さて帰ろうかとドアノブに手を伸ばす。
…開かない。
最初は単純に力不足なだけだろうかと思っていた、ので。先刻よりも力を入れて回そうとする、もそれは徒労に終わる。

薄暗い倉庫の中、僕と彼女は完全に閉じ込められてしまったのだ。

体育館だし、普段ならば運動部のだれかが気づいてここを開けてくれるかもしれない。
しかし悲しいかな、試験前は部活動は休止されている。つまりここに僕たちがいるということは最悪、誰も気づかないのだ。

中々扉を開けない僕の様子で名さんは異常に気付いたらしい。
あわてることもなく、にこりとほほ笑んで「きっとなんとかなるよ」と前向きな言葉をかけてくれたのは。それは自分に言い聞かせていたのかもしれない。
僕はそんなことを考えながら運動マットの上に腰かけた。


しかしそんな余裕のポーズも長くは続かなかった。
ひょっとしたら誰にも見つからないかもしれないという不安感はそう簡単に拭うことなどできないのだ。
一緒に過ごすことが嫌だというわけではない。
さすがに一晩をここで過ごすと考えると…あまりいい気のするものではなかった。
加えて意中の相手と長時間一緒にいるだなんて。

「(さて。僕の理性はどこまでもってくれるかな)」

「どうしたの秋瀬くん」
「なんでもないよ、名さん」

にこりと僕は微笑む。彼女に感づかれては僕の信頼にかかわってしまうからね。

「それにしても、大変なことになったね。ごめんね秋瀬くん」
「名さんが謝ることじゃないよ。君と一緒だから不安も緩和されるしね」

「…もう…上手なんだから、秋瀬くん」
「本当のことだよ」
「またまた…。でも」

わたしも秋瀬くんと一緒でよかった。
と、名さんは頬を赤らめながら。小さな声でそうつぶやいた。
勿論それを聞き逃すなんてことはなく。僕は今の言葉を深く心に刻み込んだ。

顔がにやけてしまう…彼女に気付かれないよう、口元を掌で隠し。視線を外す。
だめだ、このままじゃいけない。自分でもよくわかるくらいに鼓動がうるさかった。

こんなことを言われた日には、どうにかなってしまう。
いい友人、いいクラスメイトの仮面が外れてしまいそうで。


「秋瀬くんが一緒だから、不安な気持ちが和らいでいくの。
 一人だったら絶対泣いていたもの…不思議だよね」


そういって彼女は僕を見上げてにこりと微笑んだ。
花がほころぶような愛らしい笑顔を向けられて、僕の中で何かが切れた音を、遠くで聞いたような気がした。


「…名さん」


僕の声音に普段と違う雰囲気を感じ取ったのか。彼女は驚いたような視線を僕に向けた。
今まで向けられたことのないそれにどきりとしつつ、僕は長い間胸の奥にしまい続けていた感情を吐露するため唇を開く。

今まで口にしようと思ったことのない言葉だったけど、この環境下で考えが変わってしまったようだ。
吊橋効果のようなものだろうか。僕はすでに彼女に対して好意しか抱いていないけれど。


―君が好きだ。


そう言おうとした瞬間。


「大丈夫?!秋瀬くん、氏さん!!」


非常にナイスなタイミングで扉がこじ開けられる。
そこに立っていたのは雪輝くん。その片手には携帯電話が握られているのを僕は見逃さなかった。

…ああ、そうか…日記…。
彼の携帯電話を目にするまで「電話で助けを求める」という行動を失念していた自分に気付いた。

「来てくれたんだね雪輝君」
「秋瀬くん!ひょっとして日記で…?」
「そうだよ。でも無事でよかったね…!」

にこりと彼は微笑む。

雪輝君が日記を使って見つけてくれなければ、僕たちはずっとこのままだったかもしれない。
しかし、しかし…


「(よりによってこのタイミングで……!)」


僕は心の中で膝から崩れ落ちた。

これじゃあ、言葉に起こすのはまだ先のことになりそうだ…。





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大人気秋瀬くん。
…本当はR18にしようと思っていましたが。
どうやら賢者モード突入のため甘ギャグになりました(テヘペロ

2012.04.07




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