短編集 | ナノ


気まぐれライティング




 放課後の教室。
夕日が差し込む、誰もいないその空間に彼女はいた。

翌日が提出期限の問題集を個人ロッカーにいれたままだったことに気付き、急ぎ取りに戻ってきたという次第だ。
目的のものを鞄に入れ、そのまま帰宅しようと思っていたのだが。
普段は生徒で賑わう教室の静寂がなんだか物珍しく思えて。そのまま残ってしまったのだ。

こんなに広かったっけ?そんなことを考えながら、一歩いっぽゆっくりと教室内を歩きまわる。

教卓の前に立ち、偉そうに背筋を伸ばしてみたり。先生のような振る舞いをしてみたり。
そんなことをして少しの間遊びに興じてみたり…。普段できないようなことを短時間であるが満喫した。


そしてふと黒板の端に目を向ける。
そこに書かれているのは二人の生徒の名前。


『今日の日直  高坂王子、氏名』


今日の日直、とはあるが実際には翌日の担当である。
その文字を見て、名は思い出す、明日は日直だったんだ、と。

自分の名前の隣に書かれた名に、頬が緩まる。
―…明日は高坂くんと一緒に日直だ。
意中の相手と些細なことでも一緒だとうれしくなる。名は高坂のことをが気になって仕方がなかった。

そうだ、とちょっとしたことを思いつく。
こっそりとチョークを拝借し、黒板にこそこそと文字を書きはじめる。



『高坂名』



「―…えへへ、なーんて、ねっ」


ちょっと恥ずかしいな、等と考えながら。黒板の文字を眺めてにやける名。
何をやっているのだろうと彼女自身思っていたが、誰もいない放課後の教室という状況が、彼女のテンションをハイにしていた。


「うぃーす。WAWAWA忘れ物〜」


ガラリと教室の扉が開けられ、珍妙な歌とともに入室してきたのは。
ほかの誰でもない、名にとって意中の相手・高坂王子その人であった。


「あ…こ、高坂…くん…」

「あれ?氏?」


お互いが「なぜこんなところに?」と同じ疑問を抱く。
―…名は後悔した。なぜもっと目につきにくいところに文字を書かなかったのかと。
そして彼女が黒板に書いた文字を隠すより早く、高坂はそれに視線を奪われていた。


「えっ、氏…それ…」
「わあああああああああ!!!!!」


見られた!よりにもよって高坂くんに!見られた!!!!
そのことが名をパニック状態にさせてしまった。奇声を発しながら光の速さで黒板の文字を消し、荷物を引っ掴み「違うの!これは違うの!!」と叫びながら逃げるように教室を後にした。

嵐が過ぎ去ったその空間に高坂は佇むことしかできなかった。
そして先刻まで黒板に書かれていた言葉の意味を反芻する。

「(俺の苗字に、氏の名前を書く…って、それって…おい)」


それはつまり、名が自分自身のことを意識しているということの証明でもあった。



「(まじかよ)」



顔を赤く染めながら、高坂は名が走り去った廊下を茫然と眺めていた。







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中の人ネタ。
実は高坂も主人公ちゃんのことを気にかけていました的なそんなこんな。

2012.03.24


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