動悸
名は悩んでいた。
何についてかと言えば、ニンジャのことである。
いくら彼が超人であるとはいえ、彼一人に屋敷の家事を全て任せてしまうのは如何なものかと。
しかし料理も掃除も裁縫も、全て習うにはニンジャに教わることが一番だと知っていた。
彼は物事を教えることに長けているのだ。
でもそれだと結局は負担を増やしてしまうだけではないか…と、考え始めるとキリがなくなってしまう。
彼の力になりたい。
名にとってはそれが一番だった。
…悩んだ末、彼女は結論を出した。
「あの、ニンジャさんっ…
わたしにお裁縫を教えてください!」
余りにも思い詰めていたせいか、名の声は変に上擦ってしまったからか。
それとも丁度血盟メンバーの衣装を修復していた時だったからか。
いずれにせよ、当のニンジャは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
ニンジャはそんな様子で声を出せず。
名は名でニンジャの反応にまた軽くパニックを起こし。
気まずい訳でもないのに、微妙な沈黙が両者に訪れた。
ゆっくりと口を開いたのは、ニンジャのほうだった。
「…では、ソルジャー殿の分を任せても構わぬか?」
ここの部分でござる。と、示されたのはほんの少しの破れ。
これくらいなら自分でも上手くやれる。そんなものだった。
「はいっ!ありがとうございます」
「すまぬな、名…
この生地は少し堅いから、気をつけるでござるよ?」
「わかりました!」
名は元気よく返事をし、ニンジャから手渡された道具と衣装を受け取り、彼の隣に腰を下ろした。
作業が始まると二人とも口をつぐみ、黙々と没頭する。
否、名は没頭しきれていなかった。
隣のニンジャに気を取られていた、のだ。
気付かれないよう、そっと隣を覗いてみる。
手甲を付けているにも関わらず、ニンジャの針は滑らかに躍る。
彼は自分よりも遥かに困難であろう修繕に着手しているのに、スピードは段違い。
「(やっぱりニンジャさんは凄いなあ)」
料理や掃除だけじゃなくて、裁縫まで完璧にこなす。料理をさせれば、高級料亭クラスのものを作り。
掃除も糸屑ひとつ逃さず、スイスイに。
そして裁縫までこのレベル。
「(…ほんとになんでもできるんだなぁ…
すごいな、すごいな…)」
自分がロクに手元も見ず、針を動かしているとも知らず。名の視線はニンジャに向けられたまま。
その視線に熱っぽさが込められているとは思わずに。
一方のニンジャはそんな彼女の様子に気付くことなく。するすると流れるように針を動かす。
ミシンでもあれば大分違うのだろうか。今度機会があればソルジャー殿に掛け合ってみよう。
いやはや全く、家庭的な忍である。
「(ニンジャさん…体つきは結構がっしりしてるのに、すっごく綺麗な指…
あんな手で触られたらどんな感じなんだろ…
…きっとニンジャさんのことだから、優しく優しくするんだろうな…)」
些か脳内の世界に浸りすぎた彼女を現実に引き戻したのは、ぶすり、となにかが突き刺さる痛みだった。
「痛っ…」
「なっ…!名、大丈夫でござるか?!」
指先に熱いものが集まる感触。針で指を突いてしまったと名が気付いたのは、ニンジャの慌てた声を聞いてからだった。
意外と深く刺してしまったようで、すぐに赤色の液体が溢れ出た。
「名…血が…」
「あ…すいません…
でも大丈夫です、すぐに止まります、から…」
と、名が言い終わるよりも早く。ニンジャは彼女の指を口元へ運び、ざらりとした舌で血液を舐めとった。
その感触がくすぐったいのか。それとも只純粋に恥ずかしいのか。
名は顔を真っ赤にし、軽く身をよじる。
大丈夫ですよ、と言っても。いかん、の一言に遮られ、されるがままの状態。
ざらつく舌にドキドキしつつ、柔らかく瞼を閉じたニンジャを盗み見ては、やっぱりかっこいいな、と己の中で結論づけた。
「…血は、止まったか?」
至福とも言えるような時はすぐに終わりを迎え、名は指先から温もりが離れたことに気付いた。
「名、大丈夫でござるか?」
半ば放心状態の名を心配し、彼女の顔を覗き込むようにニンジャは問い掛ける。
「あ、すいません…
ちょっとぼーっとしちゃって」
「そうでござるか。
なんにせよ、注意力散漫にはならぬようにな?」
ひどく心配した様子でニンジャは言う。
名の心情に気付かずに。
「(…どうしよう…
恥ずかしくて…ニンジャさんの顔見れないや…)」
ニンジャを見るだけで心臓が酷く五月蝿くなる。この気持ちはなんだろう?
負傷した指に絆創膏を張りながら、名は考える。
それが「恋心」へ姿を変えるのは、もう少し先のお話。。。。
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2008.11.02