『ちがう』
「わたしはどうやら勘違いしていたようですね」
「…何の事でござるか?」
部屋の出窓に腰掛けながら、名はしみじみとそう呟いた。
そんな彼女の傍らに控えるのは寡黙な忍・おぼろ丸。
発言の意図を掴みきれない彼は素直に問い掛ける。
「闇に生きるシノビのことですよ」
「…むぅ…?」
「シノビとは極悪非道、人情や優しさなどカケラもない方だと思っていましたから」
「…酷い言いようでござるな」
「すみません。…ですが、今までに何度かこの命を狙われておりますので…」
「……すまない」
強力大名の一人娘である名は次期跡取りとして幼少の頃から教育されていた。
当然、女性が跡取りとなるわけである。彼女がそうなることをうれしく思わない人間も少なくない。
そのため幼い頃から何度も命を狙われていたのだ。
そういった要人暗殺は忍の生業とされ、彼女は忍者に恐怖と嫌悪感を強く抱いていた。
故に先述の様な印象を『忍者』に対して持っていたのである。
そのことをすっかり忘れていた彼は自分自身の失言を詫びた。
「構いませんよ。そんなの。
ああ、でも…仮にもわたしは雇い主ですから…やっぱり許さないでおこうかしら?」
「勘弁してほしいでござる…」
「あは、冗談ですよ。おぼろ丸さん」
「そういう冗談はやめてほしいでござる」
「割とはっきり言いますよね、おぼろ丸さんっ」
そういって名は楽しそうに笑う。一方のおぼろ丸は苦虫を潰したように顔をしかめているが。
「わたし、おぼろ丸さんみたいな忍に出会えて本当に良かったです」
「……」
「貴方は他の忍者みたいな人じゃありませんから」
にこり。
それまでで一番の笑顔を傍らの忍者に向ける。
「…名殿は拙者を買い被りすぎでござるよ…。拙者も炎魔忍軍の一人として暗躍していたのでござる」
「それでも、貴方は他の忍とは違いますよ」
「名殿…?」
「貴方は、ただ任務の為だけに働く忍ではありません。
心の機微を感じ取り、誰かの為に動くことができる貴方は」
名はそう言って立ち上がり、真っ直ぐおぼろ丸を見つめる。
その表情は凛々しさも持ち合わせた、真剣なものだった。
普段と違う様子を感じ取ったおぼろ丸も向き直り、正面から彼女を見据えた。
「立派な、人間です」
その言葉を噛み締めるように、名はそう言い放った。
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甘くならない…
2012.03.13