短編集 | ナノ


対策

秋の下旬は空気が乾燥する。
血盟軍の屋敷のある地方も酷く乾燥しており、名もその影響を遺憾なく受けていた。

特に唇への影響が大きく、名は常にリップクリームを携帯せざるをえなかったのだ。




午後3時。

所謂おやつの時間と云う奴である。
のんびりとお茶を飲みながら、名はくつろいでいた。
水分は摂っているのだが、唇に違和感を感じ、先日購入したクリームをさっと一塗り。

それでもまだ若干気になるのか、少しなじませるよう人差し指を滑らせる。



「名、こんなところにいたでござるか。」


「あ、ニンジャさん。トレーニング終わったんですか?お疲れ様です。」


名はニンジャを労うかのように柔らかく微笑み、こっちに来て休んでください、と。
自分の座っていたスペースを少し譲り、彼に座るようそれとなく促した。

そんな名の誘いに頷き一つで応え、
ニンジャは其処に座ることが当然であるかのように腰を下ろした。

それと同時に名は冷たい飲み物を彼に手渡し、さりげなく用意していたタオルを首にかける。



「美味しいですか?」

「ああ、丁度冷たいものが飲みたいと思っていたところでござったからな。」


満足そうにニンジャが答えれば、名も嬉しげに微笑む。
…と、ふと名が視線を移すと。目線の関係上彼の唇に眼が行ってしまう。


自分自身も乾燥に悩まされている身でもあるためか、その一点が気になってしまって仕方が無い。
カサついて気持ち悪くないんだろうか、痛くならないのかな?と、色々と考えてしまう。


「あの、ニンジャさん…唇…」

「?唇が、どうかしたでござるか?」


「えと…その…」


名は少し後悔した。気がついたらニンジャに声をかけてしまっていた。
しかし「唇」という単語を口に出すことに些かの恥ずかしさを感じたのか。
続きを聞きだすことに妙なためらいを感じてしまった。

一方のニンジャは名がさっきから自分のそんな場所を見ていたのか、と考えただけでこの男もまた妙な気恥ずかしさを感じていたのだ。



「名、拙者のく…唇が…どうかしたのか?」




「あの…唇、かなり乾燥してるんですけど…痛くないですか?

最近結構空気が乾燥してますから。。。」



「…言われてみれば…カサついている…でござるな…。」



一応荒れてしまっては何事かに支障が出るのか。
保湿効果のある軟膏を取り出そうを懐をまさぐったその時。




ニンジャの鼻先に、柔らかい香りが漂った。




その香りに気づいた次の瞬間、しっとりとしてそれでいて柔らかいモノが己の唇に押し当てられていた。







それが名の唇だと気づいたのは、一拍あとのことだった。





普段名は自分からこんなことをしない。
なんだかんだで引っ込み思案の気がある彼女は、常に恥ずかしがってこういうことを積極的にしてこないのである。

それゆえに彼女からの口付けがとても新鮮に思え、ニンジャは優しく彼女の身体を抱き寄せる。


名も名で、ニンジャの首に腕を回し。一度だけでなく何度も何度も。
角度を変え、深く深く啄ばむ。

まるでそれを乾燥対策にでもするかのように。
まるで乾燥対策を理由にするかのように。






暫くして、どちらからともなく唇と身体を少し離し。視線を交わらせる。

名は少し照れながら微笑み、これで大丈夫ですね、と一言。






「いや…」





まだ、足りないでござるよ?








声を声として鳴らさず。

ニンジャはそっと両手で名の頭部を固定し、ゆるやかに己の方へ近づけていった。







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2008.10.29





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