短編集 | ナノ


滑り込みセーフ!

 

静かな街に、慌ただしいヒール音が響く。
一人の少女が肩で息をしながら走っているのだ。

かなり焦っているらしく、その表情は険しい。片手には可愛らしくラッピングの施された紙袋。それを持ちながら、なりふり構わずにある場所を目指す。


「…っはぁーっ…はーっ……
つ、ついた……」


ぜぇぜぇと肩で呼吸をしながら、少女は息を整える。

−…大丈夫、ちゃんと、できる。

大きく息を吸い、ゆっくりと、長く吐き出す。緊張や不安を息と一緒に体外へ吐き出してしまうように。

よし!と小さく拳を握り、彼女は呼び鈴に指を伸ばした。
と、同時に。



「あれ、名じゃねーか。どうしたんだよ?」



名、と呼ばれた少女はぎょっとしながら声のあった方へ体を向ける。

ちょうど名自身の後ろに立っていた少年は不思議そうな面持ちで少女を眺める。
金色の逆立ったヘアスタイルに、額の大きな十字傷。
胸元を思い切りオープンにした、まるでロック歌手のような服装。

名の探していた少年・田所アキラが。そこに、いた。



−…どうしよう、予想外の事態になっちゃった…


予期せぬ流れに名は混乱していた。
ずっと片思いをしていた相手にチョコレートを渡し、その勢いで今までの想いも伝える。

想定していた流れが全て水泡に帰したのだ。しかも直前までかなりの緊張状態にあったため、冷静で的確な判断を下せず、名はうろたえることしかできなかった。


「あれ、なんだそれ?」


不意にアキラが、名の手にある紙袋に興味を抱く。

少し屈み、覗き込む様な体勢を取りながら。袋の中身は何なのか探ろうとするアキラ。


「えっ?!あ、えっと、これは…」


混乱故、フリーズ状態にあった名だったが、アキラからの一声で我に返る。

えっと、その、と上手く言葉を紡げない名を不思議そうに見つめながら、アキラは考える。
そして至った結論。

「…あー…そのなんだ、それは、あれか?
バレンタイン…的な…?」


彼の場合、超能力を使って名の心を読んでしまえば手っ取り早いのだが。なんとなくそれは躊躇われた。

心を読まないのであれば、相手の表情や声音から真意を伺うしかない。

2月中旬なこと、どこか気合いの入った包装。このふたつから推測したが…どうやら正解らしい。
バレンタインという単語が出た瞬間、名がびくりと反応し、それまでよりも真っ赤になってしまったのだから。


ここまでわかりやすい反応だと、心を読む必要性なんてないな。
と、そんなことを考えたアキラだった。

そんな冷静な彼とは対照的な名は、どう切り出すものかと最早パニック状態だった。

幸い、きっかけはアキラが作ってくれたのだが、どう続けるものかと。それで混乱してしまっているのだ。


そんな冷静な判断を下せない彼女の取った行動は、


「あのね、アキラっ!これ!美味しいから!」


「あ?…あ、ああ。」


「それじゃっ、わたしはこれで!」



−…脱兎の如く走り去る。
そう、ヒットアンドアウェイであった。

周囲に響くヒール音を茫然と耳にしながら、アキラは手渡された紙袋に視線を落とす。

ガサガサと開いてみると、そこにあったのは予想通り、チョコレート。
上品さのあるトリュフを一粒手に取り、そのまま口に運ぶ。

甘さと苦さが程よく混在したそれはとても美味しく思え、一気に全て食べ尽くしてしまいそうな一品だった。



「…つーか、随分出遅れたバレンタインじゃねーか」



−…まぁ、それもアイツらしくていいか。

そんなことを考えながらアキラはちびっこハウスを後にした。



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まだ2月だからセーフ…!

2012.02.22


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