ハジメテの
「お、お邪魔します」
少し躊躇いがちに、靴を脱ぐ。
いつもと違う空間に戸惑いを隠せないらしく。一歩一歩を確かめるようにしながら彼は居間に進んだ。
「はい、どうぞ」
家主たる名はにこりと微笑みながら、男性、平坂黄泉を招き入れた。
部屋の中央にあるテーブルに案内し、そのまま座らせる。
普段は名が黄泉の部屋に入り浸っていたのだが、流石に何度も何度も邪魔をしては悪いと彼女自身思ったらしい。
今日は逆にお招きしようと決めたようである。
「何にもありませんけど、ゆっくりしてくださいね?」
「はい…お言葉に甘えさせていただきます」
甘える、と言っておきながらぴしっと正座のまま姿勢を崩さない黄泉。
それというのも、名の部屋を訪問するのは殆どなかったのだ。始めてに近い異性の部屋に緊張してしまうのもある種当然だろう。
…それともただ単に黄泉が律儀すぎるか、のどちらかだ。
「黄泉さん、寛いでくれて構いませんって…はい、ハーブティーです。どうぞ?」
品の良い真っ白な陶器をかちゃりと置く。
リラックス効果のあるハーブの香りが漂い、黄泉の表情は綻んだ。
そんな彼の手を取り、ティーカップに沿える。これで落ち着いてくださいね、と付け加えると次はばつが悪そうに表情を変えた。
「…ばれて、ました?」
「バレバレですよ」
「恥ずかしいなぁ…」
これでも必死に隠してるんですよ?と黄泉は更に付け加える。
「ふふっ、それもなんとなくだけどわかってました」
「なんと…いや、情けない限りです」
羞恥心がキャパシティを越えたらしい。黄泉はティーカップを持ち上げ、こくりと一口飲み干した。
恥ずかしさも一緒に飲み込むみたいだなぁと名はぼんやり思いつつ、にこにことその様子を眺めていた。
「そんなに緊張するものですか?」
「当然ですよ、だって」
かちゃん
それまで持っていたカップをソーサーに置き、黄泉は彼女の声のする方へ向き直る。
改まったその動作に名も思わず背筋を伸ばした。
「大好きな恋人の部屋、ですよ?ドキドキしないはず、ないでしょう」
貴女も最初はそうだったでしょう、名?
そう尋ねられ、ふと思い返す付き合い当初の頃。
相手の部屋だから緊張する、という以前に、まず部屋に入る事から四苦八苦していた名である。あまりにも緊張してしまい、扉をノックするまで何分も玄関先で唸っていたぐらいである。
そんな過去を思い返すと、今の黄泉は自分に比べたらかなり凄い状態だと、名は気付く。
と、同時に頭が下がる。所謂土下座スタイルを自然と取る。
勿論そんな彼女の様子が見える筈もない黄泉は、尋常でない名の様子にただうろたえる。
「ちょっ、名!なんだかわかりませんが、止めてください!」
「だって!よく思い返したらわたし、黄泉さんの部屋にすら到達出来てなかったですもん!だからつい頭が下がって…!」
「頭が下がる…って、土下座?!止めてください名ー!」
---
ほのぼ、の…?
続編的なのを書きたいですね
2012.02.16