短編集 | ナノ


考えすぎに要注意

「日勝くん、今日もトレーニング?」


鈴を転がすような声で名はそう尋ねる。
言葉だけ聞いていれば何ら問題のない発言なのだが、当の名は少々複雑そうな面持ちだ。

本当はそうして欲しくなさそうな、そんな様子。
普通の人間、恋人がいるような男性であればそんな微妙な違和感に気づき、どうかしたのか、の一言をかけることが出来たかもしれない。

だが、相手が悪かった。

「おう!これから走り込みと、筋トレと、組手!やってくっからな!」


男・高原 日勝は太陽の様な笑みを浮かべ、部屋を後にしようとした。
何の疑いもなく。額面通りに名の言葉を受け取り、それに対し返答をする。

彼は筋金入りの鈍感で、いわゆる『知力ステータスの低い子』であった。

そんな彼が名の表情変化に気付く事が出来ただろうか。答えは否、だ。

悪意が無いからこそ余計に質が悪い。遠回しな表現はまるで意味を持たないという事を、名は綺麗に忘れていたのだ。

このままではいけない、咄嗟にそう判断し、部屋を後にしようとする日勝の服をぐいと掴む。


「お?」


出かけようと思って、出しかけた足を戻す。
背後に感じる、力。弱々しいものではあるが、行って欲しくないという意思だけは、日勝は感じとった。

後ろにいるのは名だ。間違いない。
なんでいきなり、引き止めるのか。彼は、本当にわかっていなかった。

首だけを回し、彼女をちらりと見る。

残念ながら彼女は俯いており、どんな面持ちなのかは窺い知れなかった。


「…名?どうしたんだ?」


名の様子がいつもと違うことは、流石に理解できた。
彼女の顔を覗き込むように日勝は尋ねる。
原因が自分にあるかもしれないということは、当然、その思考には、ない。

ー…人の気もしらないで…
と、名は少しだけ哀しい気持ちになる。腹立たしさも、ほんの少しだけ。

しかしよくおちついて日勝のことについて考え直す。
よく言えば人の顔色に左右されない、悪く言えば空気の読めない格闘家。

そこに惹かれて、好きになって、一緒にいたいと願ったのは誰だったか。


他でもない、名自身だったと。


わかっていたこと。そこも受け入れたはずなのに。
こんなことですぐに腹を立てるなんてよろしくない。
名はかぶりを振って、負の感情も振り払う。


そうだ。日勝に回りくどいことは効果がないのだ。
今回は、わたしが悪い。

ぎゅっ、と、彼の服を掴む手に力を込める。

「日勝くん、ワガママを聞いてくれる?」

「お?」



自分の子供じみたワガママで日勝を振り回したくない、その感情が独り歩きしてこんな嫌な気持ちになったのだ。
気になったのなら、最初から彼に尋ねればよかった。

ダメなものはダメだと、きちんと、ストレートに伝える男なのだから。



「ね、今日はわたしとデートしましょう?」





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邪推して自滅しないようにしようキャンペーン

日勝書きやすくね…?

2012.02.13


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