短編集 | ナノ


疲労回復に糖分を

人間、疲労が蓄積すると思考回路が鈍り、作業能率が著しく低下するものである。
身体及び精神に悪影響を及ぼすそれを対処するためには「糖分の摂取」が良いとされているのは、最早周知の事実であろう。

チョコレートやキャラメルなどが好まれているのは糖分摂取に最も効率がよいとされているためだ。


「と、いうわけなので糖分が足りないです黄泉さん」

「…いきなり過ぎて、名が何を言いたいのかよくわかりませんが」

「疲れがたまってるんですーお仕事が大変なんですー」


子どものように両腕を軽く振りまわしながら、名は抗議する。
一方の黄泉は冷静さを失うことなく、毎日大変ですしね、と名の頭をぽんぽんとなでた。
それは大人が駄々をこねる子どもをなだめるような、そんな光景である。

異性に行うようなそれではないと直感した名は更に抗議を続ける。


「子ども扱いしないでくださいっ」

「そうやって脹れるあたり、子どもとしか言いようがないですよ?」

「むー!」


失敬な!わたしは列記とした社会人ですよ!しゃちくですよ!と、更に頬を膨らませながら名は続ける。
しかし黄泉はそれすらも上手くかわし、はいはいそうですね、と手を止める様子がない。

「社会人なら、ちゃんと筋道を立てて、相手に分かるように伝えるものですよ」

「う……」

―痛いところを突かれてしまった
所謂、図星というものである。いくら恋人同士とはいえ、思っていることはきちんと言葉に起すべきである。
言わなくても分かってくれるだろう、という甘えに少々浸ってしまったらしい名は、ぐうの音も出せずに口を閉ざさざるを得なくなった。


「それで、どうしたんですか?お仕事で、何かあったんですか?」


しかし、最愛の男・平坂黄泉は―…優しい人間だった。

こうして呆れることなく彼女に問いかけてくれる、そんな男性である。



「…特に何かがあったというわけでは、ないんですけど、」

「はい」

「ちょっと、忙しくて」

「ええ」

「疲れ、中々取れなくて」

「なるほど」


大きな掌で頭をなでながら。
黄泉は名に言葉をゆっくりと紡がせる。


「―…疲れたとき、甘いものがいい、って言うじゃないですか」

「そうですね」

「んと、だから…」




ぎゅっ




躊躇いがちに、名は己の頭をなでていた黄泉の腕を掴み、自分の胸の高さまで移動させる。そして彼の掌を両手で大事そうに包み込み。




「黄泉さんと、いちゃいちゃしたいです」



甘えるような声音で。彼にしかとどかない声量で、そう囁いた。


自称・千倍の聴覚を持つ男がその懇願を聞き逃すはずも無く。
満足そうな表情を浮かべ、空いている腕を名の胴へと回した。
そのまま自分の方へと抱き寄せて、己の体の中におさめてしまう。

どきどき、と普段よりも早く脈打つ鼓動は黄泉自身のものなのか。はたまた名のものなのか定かではないが、
可愛い可愛い恋人のオネガイである。男として、聞き入れないはずがない。



「毎日頑張っている名を癒すのも、私の大切な役目ですからね」



そっと、髪に口付けをおとし。黄泉は腕に力をこめた。





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黄泉さんに労ってほしい。

  2012.02.11



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