短編集 | ナノ


恵む雨


「雨、ですね」


「そうですね」


大きな粒が窓硝子を叩く。それだけが室内に響く。

雨粒ひとつひとつが大きく、容易に目で確認できる程だ。
決して強いわけではない、しかし傘も無しに出歩けば濡れ鼠となることは明白な、そんな降り方である。



「名、傘はあるんですか?」
「…無いですね。折りたたみ傘すら、部屋に忘れちゃいました」


−ぱたぱたぱた


「傘差さないで、走って帰れば大丈夫だと思います?」

「オススメはしませんね。名が風邪をひいてしまってはいけませんし


「ですよね。いくら暖かくなってきたからって、油断は禁物ですもんね」

「その通りです」



ぱたぱた…ぱら ぱらぱらぱら



「…ちなみに、黄泉さんってビニール傘とか持っ「ありません」…ですよねー」



ぱらぱらぱら  バラバラバラ…


徐々に音が大きく、強くなり。
視認できていた粒も見えなくなる程、勢いをつけてくる。

壁が薄い為か、雨音がダイレクトに響く空間。黄泉の声を拾う為に、名は腰を浮かせ、彼の隣に移動する。

少し身をよじれば、触れてしまうような距離。お互いの呼吸さえ感じられる程の。


「天気予報で言ってましたっけ。雨、強くなるって」

「ありませんでしたね。少なくとも私は聞いていませんよ」

「そうですよね……。あ、そうだ」


思い出したように名は携帯電話を取り出す。慣れた手つきで気象関係のホームページを開いて、これから先の予報をチェックすべく指を滑らせた。

検索の結果は、『今夜から明日にかけて大雨』。


「……」

「どうしました?」

わかりやすく口を閉ざす彼女の変化に気付いたのか。黄泉は名の顔を覗き込む体勢を取った。

「大方…雨が強くなる、というようなことがあったのでしょう?」

「御明察です」


明日の朝まで雨は、止まない。

黄泉の部屋には予備の傘はない。

名の手持ちに傘はない。

豪雨の中帰宅するという選択肢は、ない。

これらが指し示す事はただひとつ。

名は熱っぽく潤んだ瞳で、黄泉を見上げ、彼の手の平の上に自分のそれを重ねる。



「黄泉さん…


わたし、今夜、帰れそうにないです…だから」


軽く体重をかけ、懇願した。






−…いっしょに、いさせてください







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おとまりのおねだり。

2012.02.08


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