差し出すこの手
あれは、いつのことだったかな。
丁度仕事が繁忙期を迎え、所謂『修羅場』に突入し始めた頃。
わたしは、正義の味方に遭遇したのだ。
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3月某日 小さな公園
「…覚悟はしていたけどここまで忙しくなるなんて…」
はぁ、と大きく息をつく。
吐いた息と一緒にこの疲労感もでていってしまえばいいのにな。
大概の企業がそうであるように、年度末というものは地獄である。
締切直前となるとゆっくりもしていられないし。
特に今年は厄介な書類が立て続けに発見されるわ、他部署から回ってくる意味不明な領収書が多く、課内の空気は劣悪状態に。
飛び交う怒号に書類、止まないタイプ音…中々減らない仕事に対し焦りや苛立ちを誰もが隠せずにいた。
…そんな環境下で、休憩ができるはずない。
普段なら社内の休憩室で同僚と昼食を楽しむけれど、お昼くらいはリラックスしたいものなわけで
最近はこうやって近くの公園にでて、つかの間の休息を楽しんでいるのだ。
広くない敷地、それなりに清掃が行き届いており、緑も多くて何より静か。
わたしと同じ考えに至った人は少ないらしく、ほぼ貸し切りのような気分で満喫していた。
「ごちそうさまでしたっ」
ぱんっ、と両手を合わせて時計を確認。
「…あらら、早く食べ過ぎちゃった」
どうやらかなりのハイペースで食事をしていたらしく、お昼休憩が終わるまで半刻以上も余裕があった。
なにをしようかな、と呟いて体を伸ばす。
−ぽきゅ
…なんとも情けない音が、鳴った。
こまめに体を伸ばしたりしないといけないなぁ、温泉にでも入ってゆっくりしたいな
なんていう軽い現実逃避は、やや興奮気味の甲高い声によって引き戻された。
「うぉぉぉ出やがったな!」
「今日こそ退治してやるぞ、アクニンめ!!」
…アクニン!?
こんな真昼間から物騒な!と、声のする方向へ顔を向けると
「ナニヲ言ウ!私ハ何モシテイナイ!!!」
そこにいたのは、声のいい『変質者』だった。
真っ暗なタイツを身に纏い、腰に見えるのはライダーのようなベルト。
何よりも人目を引くのは頭部、というか。
鳥避けの風船のようなそれを被っているが故に、怪しさが格段に上がっているようにも思えた。
そういえば鬼太郎のお父さんってあんな感じだっけ…などと傍観者らしく物思いにふけっている間も両者のやり取りはヒートアップしていく。
「嘘つけ!これからワルイコトをするつもりなんだろう!!」
「ナッ!この私ガ悪事ヲハタラクワケガナイダロウ!!」
「説得力ねぇよ!!」
びしっ!と少年達は指をさし、鋭いツッコミをいれる。
うーん、それもそうなんだけどね…
「人ニ指ヲサスノハ良クナイゾ!」
…うんうん。あの不思議な人の言い分も最もなわけです。
見慣れぬ光景とやり取りに、不謹慎だけどわたしの心は躍っていた。
それくらい非日常というスパイスは魅力的なのだ。
しかし、
「うるせーぞ、アクニン!やっつけろ!」
リーダー格の少年が合図するやいなや、彼らは足元にあった石を、投げつけはじめたのだ。
彼らのいう 『アクニン』に向かって
流石に石を、複数相手から投げられては太刀打ちできなかったようで
不思議な人はくぐもった声を漏らしながら、植え込みの奥へ姿を消した。
「あいつ逃げたよ!マーくん!」
「追いかけて、今日こそ退治してやろうぜ!!」
血気盛んな少年達が植え込みへ行くよりも早く、わたしの足は動いていた。
- + - +
−…こそり、と覗き込む。
うん。いるいる。
時計の長針は6の少し右。まだまだ余裕がある。
ゆっくりと歩みより、話し掛けた。
「大丈夫ですか?」
普段はこんなこと絶対やらないんだけども…。
何故だろう、この人とお話をしてみたいと。
そう、強く思ったのです。
「貴女ハ…?」
「あ、すみません、いきなりで。
わたしは、氏名と申します。さっきの子達とのやり取りを偶然見ていまして…」
腰のあたりを摩りながら、風船さんは「成程」と小さく呟いた。
「恥ズカシイ所を見ラレマシタネ」
「石をぶつけられたところ、大丈夫ですか?
結構容赦なく投げられていましたけど…」
膝をついて、彼と目線を合わせる。
余計な肉のない、スレンダーな太股や腕が…酷く眩しく思えたのは、内緒。
「アァ…コレクライ大丈夫デスヨ…慣レマシタ」
「それはそれで問題のような気もしますけど…。あ、失礼しますね?」
黒の装束を纏っているために、汚れがとても目についた。
ポーチからポケットティッシュを取り出したわたしは、彼の腕や脚についた砂を軽くはたいた。
余計なお世話かなと思ったけど、まんざらでもないらしく。
風船さんはアリガトウゴザイマス、と言ってくれた。
「余計なお世話だったらすみません。でもなんだか、お話してみたくなっちゃって…」
…改めて言葉に出すと、尋常でない程の恥ずかしさを覚えた。
普段はこんなこと、ないのに。
何より常識的に考えて、こんなのただの変質者だし…。
いきなり見ず知らずの人間に話してみたい!なんて言われたら、不気味だし。
ぐるぐる思考は巡る。
恥ずかしさやら色々なものが込み上げて、わたしは視線を下に落とす。
青々とした芝生と、握り締めた自分のこぶしがそこにある。
心なしかその手は震えていて、もう後には引けないんだなって、再認識した。
「…私ニ、親切ニシテクダサッタノハ、貴女ガ初メテデスヨ」
ぽつり、と隣の彼が呟いた。
なんとも形容しがたい沈黙を破ってくれたことにも感謝しつつ、顔をそちらに向けると。
とても穏やかな雰囲気を纏った彼と、目が(?)合った。
当然、風船のようなマスクをかぶっているために、細かい表情は全くよみとれないけど。
あぁ、きっと微笑んでいるんだろうなっていう、あったかい空気を。わたしは肌で感じた。
「自己紹介ガ遅レマシタネ。
私ハ、平坂黄泉。正義ノ、ヒーローデス」
さらりと言ってのけた鳥避け風船こと平坂さんは…明らかにドヤ顔をしていた。
…とんでもない方に、興味を持ってしまったかもしれない。
と、わたしは心の中でひとり呟いたのだった。
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そりゃああの出で立ちの方が目の前に現れたら視線釘付けです。
20120208