短編集 | ナノ


深緋の世界

  ※妄想と独自解釈多め
  ※うっすらR15



最初に会った時の彼女は、薄い薄い氷の上に立っているような。
そんな危うさを全身から放っていたことを覚えている。


『はじめまして、氏名と申します。
 今日からリヴァイブフェニックスのメインメンテナンスを担当することになりました。
 まだまだ未熟な見習いではありますが、よろしくお願いします…。』

事前に練習したんだろう。
一字一句噛まないよう丁寧に話す姿がなんだか滑稽に見えて思わず笑ってしまう。

彼女は顔を真っ赤にしながら俯いて黙りこんでしまう。

何故名が私のメイン担当にあてられたのか。それは聞かなくともわかった。
職員の誰もが私のことを避け、持て余していることは知っている。
わざわざベテランの職員でなく、見習い技師である彼女を当て、年齢の近い女で制御しようとしたのだろう。

上層部の思惑に乗らされるのは不愉快ではあったが、必死に背筋を伸ばし”一人前”であろうとする女を傍に置くのは面白いと思った。

それから私は名を連れて大会を回った。WBBA指名の公式戦からフリーバトルまで、全てだ。
彼女と話をして分かったのだが、以前の部署で中々結果を残すことができず私のところへ配属されたらしい。

「なるほど、厄介払いを受けたわけだ」

そう言うと悲しそうに彼女は俯いた。自分もそう思っているようで何も言い返してこない。
きゅっと一文字に閉じられた唇と悔しさを吐き出さぬよう飲み込んだその表情がなんともそそられる。

「言い返せないのなら私のところで技術と経験を磨けばいい。その為に君を置いている」
「……えっ……」
「さぁ、試合の時間だ。行こう」


何度も試合を繰り返し、その度にベイの調整を彼女に任せた。
最初のうちは私の求める水準には達しておらず、苛立ちを覚えたこともあった。
その度に彼女は傷つき、己を責め、涙を浮かべながら努力を重ねた。

その姿は私にとっては何よりも魅力的に映り、もっと傍に置いておきたくなった。

名が本来努力家であったためだろう。徐々に技術を高めていき、今では私の専属技師を名乗るに相応しくなった。
自己肯定能力があまりに低かったからなのか、少しでも間違いを指摘されただけで萎縮し、本来の力を発揮できなかったのだろう。
彼女が元居た部署の面々は評価と技術力を身につけていく様が気に入らないようで、時折私達の元にやってくるが。
ひと睨みすると蜘蛛の子を散らしたように立ち去っていった。

私が取っていた行動など些細なものだ。
経験を積む機会を与え、否定せず受け入れる。その上で改善点を淡々と伝える。
勿論こちらの望むとおりに仕上げてくれれば飴も与えた。それぐらいなものだ。
しかし彼女にとっては嬉しかったのだろう。彼女が向ける視線に熱を感じるようになった。

そうなってからは早かった。名の手を取り、公私ともに傍に居てくれるかいと尋ねると彼女は大粒の涙を浮かべながら頷いた。



そして今、彼女は私の隣で静かに寝息をたてている。
優しく撫でてやると、夢の中でも心地がいいのか。鼻にかかった声を漏らしながらこちらへ寄りかかってくる。

「……ファイさん……だいすき…」

どうやら私のことを夢でも独占しているようだ。名の全てを私だけで構成しているように思えてひどく気分がいい。

この感情を愛と呼ぶのだろうか。
悲しみや無力感に打ちひしがれる名も良かったが、こうして私のことだけを求める名もいいものだ。


絹のようにサラサラとした彼女の髪を掬いながらそう思った。



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  ここに双子の弟をプラスしてもいいよね。
  2018.10.17


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