短編集 | ナノ


ウィスパーボイスの導き

※夢主視点,恋人設定
※夢主はファルコンハウス勤務でバート所有ビルにて居候




「ねえ、バイノーラル録音って知ってる?」

「ん、なにそれ?」


久しぶりのお休みをいただいて、友人と外出していたわたしに投げかけられたのは聞き覚えのない単語。
どこか楽しそうな声音の彼女にそれは一体なんなのかと確認すると、昔行われた録音方法の一種らしい。

彼女いわく、イヤホンやヘッドホンで聞くとまるで自分がその場にいるかのような臨場感を味わうことができるというのだ。


「…ヘッドホンで聞いてたらそりゃあ普通のスピーカーで聴くよりも臨場感あるように思えるのは普通じゃないの?」

「もー!違うよ、名!!そもそも録音するとき、人間の頭みたいなマイク?みたいなのを使ってやってるんだって!
 だから鼓膜に直接届くみたいな…もう、腰が砕けるかって思うほど凄いんだから!

 ね、帰ったらちょっと調べてみ?ほんとに、すっごいから!!ね!」


かなりオーバーリアクションで説明する割にその内容は薄い。
だけどかなり凄いシロモノだということは彼女のその圧から感じ取ることができた。

部屋にパソコンもあるし、帰ったら調べてみよう。別に減るものでもないしね。


この時のわたしは本当にただそれくらいの、ふわっとした印象しか持ち合わせていなかった。



+++   +++   +++




結局夕方過ぎまで彼女と街をブラブラして、リラックスできたのは夜だった。

早速わたしは自室に設置したパソコンを起動し、昼間教えてもらった動画音源を探すことに。
確か…バイノーラル録音、だっけ?

その単語を入力して、検索開始。
すると候補の動画は思っていた以上に沢山出てきて一瞬面食らってしまう。

…この中のどれを見ればいいんだろう…ざっと見た感じ、色んなシチュエーションを想定した音源みたいだけど。

どれでも構わないよね、とあまり深く考えずに結果画面の一番上をクリック。
そうだそうだ、イヤホンで聞かなきゃいけないんだった。

音源が再生される前にイヤホンを設置し、耳にセットする。


彼女は凄い凄いって連呼してたけど何がすごいんだろう。そんなことをぼんやり考えていると、左側から穏やかでそれでいて甘いバリトンボイスが響いてきた。




『…君が、ここに来てくれるのをずっと待っていたよ。
 さぁ。私の腕においで、抱きしめてあげよう』



洋服の擦れる音、たまらないといったように漏れる吐息、そして艶かしいリップ音。



『―っちゅ……  っ、はぁ…そんな蕩けた顔をして……。 本当に、君は可愛いね』


ほとんど声なんて出ていない。吐息だけで紡がれる甘い言葉。
自分はイヤホンをつけて、パソコンから音声を聴いているだけのはずなのに。
目を閉じるとこの穏やかな声の男性に抱きしめられて、キスをされているようなそんな錯覚に陥ってしまう。

…昼間、あの女がやばいすごいと連呼してたのがようやくわかった。
これは…本当に、やばい。それ以外にふさわしい言葉が今の私には思いつかないもん。

よく考えてみればこの録音法の凄さは冒頭を聞くだけで十分理解できたはずなのに。
流れてくる甘い囁きにドキドキして、もう体が動かなくなっている自分に気がついた。

ぼんやり聞いてると、この声少しだけバートさんに似てる…気がする。

丁寧な言葉遣いは仕事中のバートさんな感じだし、優しくてそれでいて色気のある低音や。
吐息の艶めかしさとか……前に、抱かれたとき漏らしていたそれと凄くよく似てて…。


『もっと   キスを、しよう』


バートさんとは恋人関係で、一線だって越えてる。
だけど最近はお店の仕込みや他のことで忙しいみたいだし。クランクも一緒に住むようになったしで、正直かなり、シていない。

バートさんに抱かれたときのことを思い返して、イヤホンからはこんなドキドキする言葉が流れてくるんだから。
…彼に言われた時を思い出して、一瞬体が跳ねた。

いけないことをしているんだろうという自覚は勿論ある。
だけどそれ以上に、目の前にあるこのデジタルドラッグはとてつもなく魅力で。

― 今、発情しているんだって。この時ようやく実感が湧いた。




「名、明日の仕込みのことなんですが」

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?!?!?!?!」


完全にこの音声に集中していたらしい。
突然右肩に置かれた手は本当に驚くことしかできなくて。
思わず勢いよく立ち上がってしまった。

その瞬間、パソコンにつないでいたイヤホンまで抜けてしまったみたいで。
甘い囁きと、リップ音が部屋の中に響いてしまった。

恐る恐る振り返ると少し驚いた表情の、バートさん。

だけどすぐにいつもの、わたしがよく知っている笑みを浮かべて
ドアのノックはしたのだが、すまないね。とちょっと困ったように微笑んだ。



「それにしても……名、





 君はこういう風にされたかったのかな?」



ずい、と距離を詰めて、バートさんの顔が耳元に寄せられる。
困った子を優しく叱るようなそんな声音で、囁くように紡がれたその言葉は

イヤホンで聞いていた音声よりもずっとずっとわたしのことを興奮させた。

全身の血液が両頬に集中していくのがいやでもわかる。
真っ赤になっているであろう顔を見られるのが恥ずかしくて、思わず下を向いてしまった。


「恥ずかしがらないで。  …きちんと、して、あげますよ?」



バートさんはわかっているんだ。
この音声を聞いて、わたしがどんな気持ちになっているのか。どんな状態になってるのか、わかっていてこう言っている。



「さぁ名、音声を止めて。ベッドに腰を下ろそう」


いつも通りの、大好きなバートさんの声。
だけど少し違ったのは、わたしに拒否権を与えない。圧が存在していたこと。

そんなふうに言われたらわたしはもう、従うしかできないもの。

このあとされるであろう行為に期待をしつつ、わたしは彼の言うとおり足を動かした。







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バイノーラル録音の動画はつべに色々あるんですが
いやもう本当にやばかったです。お聞きになる際は必ずイヤホンヘッドホンで、自己責任でお楽しみください。
私はほんまにやばかったです。 そしてお話は続きますが間違いなく裏です

2017.08.06


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