誤算
名は酒に強い。
大切なことなので二度言う。
名は酒に強い。
小柄で華奢な身体に、かわいらしく整った顔立ち。少し人見知りをするような大人しい性格。
ぱっと見、アルコールの類に弱そうで、酎ハイ一杯でへろへろに酔い潰れてしまいそう。
そして可愛く甘えてきたり、しそうだと。
超人血盟軍のソルジャー、アシュラマン、バッファローマンもそう考えていた。
あわよくば名に甘えてもらおう、と。
そんな下心満々な状態で彼女に酒を飲ませた…のだが。
それが間違いだった。
何度も言う。
名は酒に、強い。
故に彼等の妄想は音を立てて崩れ落ちることとなった。
「…名、もうダメだ…ギブ…」
ばたりとアシュラマンが倒れ込む。彼の周りには飲み干された熱燗の瓶が5本。そして空けられた焼酎、ビール、ワインが所狭しと転がっていた。
こんなに大量の酒を、彼が一人で消費したわけではない。
およそ半分は彼女・名の手によって飲み干されていた。
「あれ、アシュラさん…もうダウンですか?早いです…」
あれだけの量を飲み干したというのに、普段と変わらぬ顔色、口調で名は平然と日本酒を一飲み。
男らしくもあり、上品な飲みっぷりに、唯一の生き残りであるバッファローマンは戦慄した。
残るは自分のみ。
アシュラマンは先程潰れ、ソルジャーは焼酎3本で撃沈した。
このままでは、ヤバイ。この酒豪に潰される。
彼の本能が激しく警報をならす。
潰されたところで、みぐるみを剥がされるわけではないのだから、問題はないのだが…。
男としてのプライドが廃るのであろう。彼は今自身のプライドだけでその場にいた。
そんなバッファローマンの胸中なぞつゆしらず。名は天使のような笑顔を浮かべ、幸せそうだ。
「バッファさん、誘ってくれてありがとうございます。最近全然お酒飲めなかったから、凄くうれしくて…つい、やっちゃいました☆」
てへ、と舌を出して肩をすくめる。非常にかわいらしいのだが、バッファローマンはそれどころではなく、全身から吹き出る嫌な汗に感づかれまい、と必死だった。
「(ついやっちゃいました…ってレベルじゃあねーだろ!
まさかここまでの酒豪だとは…変に飲み比べ対決とかしなくてよかったぜ。)」
当初は、酒に弱いであろう名と飲み比べをし、負けた方が勝った方にどうこうする、などということを画策していたが…それを諦めて正解だったようだ、とバッファローマンは思う。
しかしどうするものか。状況は依然宜しくないまま。
手持ち無沙汰な名はまだ手付かずの日本酒をあけている。
にこにこと天使のようなほほえみを浮かべているが、その実態はウワバミか。ひそかに彼は考えた。
彼女から無理矢理酒を奪い取ろうか。しかし、それをすると後がどうなるかわからない。平気な顔をしているが、相手は酔いどれ。注意は必要だ。
バッファローマンが考えあぐねていると、ガチャリと響く無機質な音。扉の向こうから顔を覗かせたのは同じく血盟軍のメンバーである、ニンジャだった。
「どこに行ったかと思えば…なにをしているでござるか?
この状況はなんでござるか?」
ニンジャはそれはもういい笑顔でバッファローマンにそう尋ねる。その笑顔と声音だけでバッファローマンの酔いは一瞬にして醒めた。
ニンジャは魚でもさばいていたのか。その片手には鈍く光る柳包丁が握られている。
彼の顔は笑ってはいたが、全く目が笑っていなかったことも相俟って、よりバッファローマンを戦慄させた。
「(これは…上手くごまかさねぇと俺に明日はないな…)や、それはだな、ニンジャ!」
「言い訳は、聞きたくないでござる」
言葉と云う名の刀でバッファローマンの反論は斬られてしまう。
にこにこと絶えず笑みを浮かべながらじりじりとバッファローマンとの距離を詰めていく。
どれだけ謝罪の言葉を並べ立てても彼の耳には全く届かない。
自分よりもはるかに小柄な超人を目の前にし、バッファローマンは死を覚悟した。
「他人の女に酒を飲ませて何をする気だったァァァァァッ!!!!!!!」
「ゲェェェェェェエエエエッ!!!!!!!!!!」
断末魔の叫びがすぐ傍で発せられても名は全く動じることなく、延々と酒を飲み続けていた。
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血盟軍ギャグっぽい話。
酒豪ヒロインってあんまし居ませんよね、と思いつつ。
血盟といいつつ、結局美味しい思いをしているのはニンジャなのは内緒です。
08.12.17