短編集 | ナノ


前方不注意に注意

※主人公視点
※同級生他学科




この春。わたしは高校生になった。
ただの高校じゃない、小さい頃からずっとずっと憧れていた雄英高校の、生徒になれたのだ。

ヒーロー向きの個性じゃないことは重々承知していたけど、何らかの形でヒーローと関わっていきたい。
そのための方法をこの学校で自分のモノにしたい、と若干フワフワした動機ではあったけれどそれでも試験に合格し入学することができた。

テレビなんかで見るたびにいつか袖を通してみたかった、グレーの制服。まるで夢みたい。


幸せだなぁ、これから頑張っていこう、と夢心地でロクに周囲を確認せず歩いていたわたしは全く気付かなかった。
自分が階段の近くを歩いていて、バランスを崩してしまったことに。


ぐらり

視界が揺れる。何が起こったのかわからなくてパニックになる。ただ、自分が階段から落ちようとしていることだけは理解できた。

どうしよう、ここ、結構高くなかったかな?とそんな考えが脳内をよぎったけどどうすることもできなくて、思わずぎゅっと目を瞑った。



「―黒影!!」

『アイヨッ!』



ぎゅん!と風を切る音がすぐそばから聞こえて、何かに優しく抱きとめられたのを感じた。
恐る恐る目を開けると、そこにいたのはカラスのような頭の男の子。


「おい、無事か?」


あまりにも一瞬すぎる出来事に脳の処理が追いつかず、よく響くバリトンボイスにも反応できない。
無言で辺りを見回して、情報が入ってくる。消えかけの火に酸素を送っていくように、思考回路も動いてきた。

すると今度は『階段から落ちたかもしれない』という恐怖が一気にわたしを襲う、
ぞくぞくぞく、と背筋が震え、視界もぼやけてきた。


「…おい、しっかり…」

「こ、怖かったぁ……!
 助けてくれてありがとうございます!」


心配そうにわたしの顔を覗き込んでくれたその人に思わず抱きついていた。
首筋に顔をうずめ、ぎゅっと腕に力を込める。体の震えが止まらない。
さっき気付いたけれど、わたしが落ちた階段は10段以上の踏み板があり、落ちれば大怪我は間違いなかった。
校内にリカバリーガールがいるからといって、怪我をしなければそれにこしたことはないもの。

この人がさっき助けてくれなかったらわたしはどうなっていたのか。正直考えたくもなかった。
お礼を言わなきゃ…でもまだ手が震えて、何も考えられない。情けないことに完全にパニックを起こしていた。


「……もう、大丈夫、だ……」


だから落ち着いてくれ。と、カラス君は困ったように呟いて、わたしの背中をぽんと優しく撫でてくれた。
触れられたところから震えが収まっていくようで、少しずつ思考もクリアになっていくのをわたしは感じていた。


「……はっ、はい……ごめんなさ……」


どれくらいの時間そうしていたのかはわからないけど、少し体を離してポケットにあるハンカチで目元を拭った。
改めてお礼を伝えようと勢いよく上を向くと、カラス君とばっちり目線がぶつかった。
切れ長で鋭い、だけどわたしを案じてくれた優しい目。

なによりもその距離の近さに一瞬息を呑んだ。そこでわたしは、自分がどれだけ大胆な事をしでかしたのかようやく理解できた。


「〜〜〜〜〜〜ッ!!!ごめんなさい!!!!!!」


そう。
抱きつく。首筋に顔をうずめて泣く。首に腕を回してそのまま上を向く。…キスしそうなくらいの超近距離。

全身の血液が一瞬で沸騰したのがわかった。顔も、手も、もう全身真っ赤かだ!恥ずかしい!!


「たっ、助けていただいた方になんてことを…ほんとうにすみません!ごめんなさい!ありがとうございます、助かりましたぁぁぁ」


「おっ、おい……」


深々とお辞儀をして、言いたいことを全部まくしたてて一目散に逃げ出した。
間違いなく失礼なことをしでかしたのは十分わかっていたけど、わかってはいるけど!



「(は…恥ずかしすぎる…!!!)」



さっきとは違い理由で両目に涙を浮かべて、わたしは教室へ向かって全力で駆け出した。




   ―・・でも、凄くかっこいい人だったな…名前聞きそびれちゃった…。




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箸休め的な感じ。
今気づきましたが名前変換してませんね。

2017.04.27


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