Tales of | ナノ






私とデゼルは付き合っている。
付き合ってはいる、けど、ろくに手も繋いだこともなければ、キスなんてしたこともない。
好きなのは私だけなのかなあと、よく悩んだりもする。

そんなことを考えながら、宿屋で身支度を整えて、外へ出る。
いつもは下ろしっぱなしの髪を巻いて、軽く留めてみたけど、気づいてくれるのかなあ。
なんて、目の見えない彼がわざわざ私の容姿を風で読むとは思わないけど。

「デゼル、お待たせ…?」
「ああ、来たか」

宿屋の外にあった花壇に腰かけていたデゼルの膝の上には、小さな子猫が乗っていた。
デゼルが首や背中を指で撫でる度、気持ちよさそうに鳴き声を上げている。

「子猫、かわいいね」

私も隣に座って、子猫の頭を撫でてやると、まるで笑っているかのように目を細める。
デゼルは、そんな子猫の背中をずっと撫でている。
私はそんなにしてもらったことないのに…と子猫にちょっぴりヤキモチを妬いてしまった。
まるでそんな考えを見透かしたかのようにデゼルがふいにこちらに顔を向けるので、はっとして少し距離をとった。

「髪、そういうのもいいな」
「う…そうかな…」
「…ナマエがこんなに俺に近づいたのは、初めてじゃないか」

なんでこんなに鋭いんだ、この人は。風で私の考えでも読めるのだろうか。
いつもと違う髪型に気付いてくれたのは、心が躍り出しそうなほどに嬉しいのに。
あまり見つめられるのは慣れていないし、距離のことには尚更触れてほしくないのだけど…。

「いつも、俺が近づくと距離を取られるからな」
「そ、そんなこと――」
「いや、ある」

図星である。さっきも、私はデゼルとの距離の近さに驚いて、思わず距離を空けた。

「…俺の隣に居るのは、落ち着かないか」

静かな声でデゼルはそう言う。思わず心臓が跳ねそうだ。
ただでさえ自分がデゼルに不釣り合いだと自覚しているため、そんなことを指摘されると動揺が隠せない。

「そういうわけじゃないんだけど…」

気まずくて視線を落とす私。この空気を察してか、子猫はぴょいっとデゼルの膝から飛び降り、トコトコと路地裏に歩いて行った。
そしてこういう時に限って人通りも少ない。場を沈黙が支配する。

「…無理に、俺と一緒にいる必要はない。俺は、お前の意思を尊重したい」
「っ……」

デゼルの声色は優しい。
それに比べて私の悩みと来たら。私を想ってくれるデゼルに対して凄く失礼だなあと自嘲したくなった。

「…私ね、私とデゼルって釣り合ってないんじゃないかって、たまに不安になるの」

視線を地面に落としたまま続ける私の話を黙って聞くデゼル。
何も言わず、私の手に自分の手を重ねてくれる。その温かさが、まるでゆっくり話せと言ってくれているようで安心する。

「私って背も小さいし、戦闘能力も低い。それに、デゼルみたいに色んなこと知らないから、いつもデートとかも任せっきりで…彼女じゃなくて、妹みたいに思われてたらどうしようって…」
「何かと思えば、そんなことか」

ふっと笑うデゼル。今笑うところあった?とムッとすると、頭をぽんぽんと軽く撫でながら宥めてくれる。

「俺がいつ、小さい女や弱い女が嫌だと言った?」
「……」

小さいとか弱いとか、ダイレクトに言われるとさすがにちょっと傷つくなあ、なんて皮肉を考えながら、デゼルの話に耳を傾ける。

「お前はまだまだ若い。知らないことも多くて当然だろう。それに…」

突然、デゼルは私を抱き寄せた。
視界がデゼルのシャツの色でいっぱいになる。デゼルの匂いがする。デゼルの鼓動が聞こえる。
五感がデゼルに支配されていると知ったときには、自分の顔に急速に熱が集まり、鼓動がドクドクと早まるのを感じた。

「体格の小さい方が、こうして独占できる気がして、俺には都合がいい」

耳元で囁かれる声に、爆発しそうになる。
大好きなデゼルがこんなにも近い。今までに体験したことのない感覚に、混乱してくる。

「…もう大丈夫か?」
「っ、デゼル…勝手に引け目感じててごめんね…」
「フッ、これからは対等だと思え」

そう言ってくいっと顎を持ち上げられたかと思えば、デゼルは触れるだけのキスをしてくれた。
初めてのキスに、私デゼルの彼女でいていいんだ…と、安心するあまり、涙が溢れてきた。

「お、おい、泣いてんじゃねえ!」
「ご、ごめん…!なんか安心しちゃって…」
「チッ…ほら、もういいか。歩くぞ」

そう言って、自然に手を差し伸べてくるデゼル。
私はその手を取り、これからもずっとこの手を離さないように、彼の隣に居ようと心の中で誓った。










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