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▼ 眩しい貴方その人が世界の光となる日まで

貴方が神への階段を登る。
昇る陽光を浴びながらキラキラと、枢機卿と魔導士の間のような白い装束も、整いつつもそっと靡く薄茶に近い淡い金色の髪でさえ輝いて、貴方はこんなにも眩い。
一歩一歩確かに歩んでいた足を片方だけ次の段にかけたまま、振り返った貴方は逆光で恐ろしいほど聖域を感じさせるけれど。
「それじゃあ、私は行くよ」

ああ、柔らかな微笑みだけ残し、ついに貴方が誇り高く去っていく、この手の届かぬ場所へ。
思い出すのは隣り合い生きた日々。
今はもう遠い遠い…日々。



世界は転生の時を迎えていた。
たくさんの魂を流転させ過ぎて、疲れ果てた世界こそが次の転生すべきウツワで。
「世界が新たになるなら、新しい神が必要だ」と、終わり逝く世界の端(はし)で終わり逝く命の端(はた)の大魔導教皇が唱えた。
この世界には神がいる。
神が要る。
世界はとても寂しがりで、生まれた時から人間をたくさん造り、たくさんの愛を見守った。
からこそ、自分にも半永久の時を共に生きる配偶者が欲しいと訴えた。
恐れ多くも、畏れ、大きい申し出に人々は震えるばかり。
すると世界は雷(いかずち)を落とし、大地を裂いて、ありとあらゆる天災を巻き起こした。
今まで無償の恩恵を受けていた事実を思い知り、世界の深い孤独と嘆き怒りを思い知った人々は、ようやく理解し平伏した。
「世界には配偶者(かみ)が必要」
それは守(かみ)でありながら上(かみ)なる者。
人々は“神”と誇称した。
神には、その時で一番新しい純粋な魂の愛らしい少年が立てられた。
少年は喜んで永遠の命と運命と世界を受け入れた。
「はじめまして。よろしくね、ぼくの世界さん」
それが記録に残る限りの“神様”のこの世での最後の言葉。
以降、神様は天(そら)の彼方で世界に寄り添い人々を見守って、永い永い時をずっとその愛らしい姿心のまま、そこに御座すのだという。

だが世界の寿命が尽きるのならば、神の命運もこれまで。
役目は終わり、世界と共に消えるが宿命(さだめ)。
そして新しい世界には新しい配偶者(かみ)を。
新たに零(ゼロ)の魂から人間を生み出していかねばならぬ世界の為に、神の存在は早く在る方がよいと。

そうして神の座を巡る戦いが始まる。

神様は世界と同じく尊く、崇め奉るものだという認識が当たり前になり、贄とも変わらぬように立てられた神様への深い感謝は、最早半分信仰に近くなっていた。
そんな魔導枢機卿の中から新たなる神を選ぼうというのだ。
…大魔導聖戦──魔導枢機卿とその眷族による魔法と剣の、新世界を巡る戦いである。

そんな終末の世で、清らけく生きる貴方こそが次代の神に相応しいのだと、誰より私が分かっていた。
諍いを嫌う貴方だから、ただ貴方の影となり私は生きると決めていた。
貴方が行く道に光があるなら、いつか来るその時まで、照らせずとも寄り添っていたいと、厚かましくも私は……。
そうして闇なら私が引き受ける、敵なら倒してみせましょうと、二本の剣を振るって駆けた。
この双剣も魔法も、この能力(ちから)は貴方が為にありますれば、使い捨てて下さいいっそこの身。
そう願った数多の夜。焦がれた夜。
けれどどんなに慕おうと、例え夜の深み泥濘(ぬかるみ)でさえ貴方を決して侵せはしないと知っていたから。
清廉な人…そうでありながら結局は貴方も戦場に出ましたね。
「きみにばかり汚れ役を負わせられないからね」
そう苦い微笑み残して敵を屠る貴方は戦う姿すら美しく。
心痛めながら魔法発動し、命を摘み取りつつも悲痛を隠し凛と立つ気高き貴方。
そんな貴方にだから私は全てを捧げるのです……そうついには言えなかったけれど。

輝かしいいつかの日に、私が隣にいなくても。
貴方は皆の為に凛々しく立っていて下さい、心なら貴方の中に置いていく。



──そう決めていたのに、本当に本当の別れを前に、私は貴方を新世界になどやりたくないと、今更な勝手な独占欲で身を灼かれるようで。
貴方と引き裂かれるくらいなら、天に裂かれる方が本望だと、光り輝く雲間の階を行こうとまた私に背を向けた貴方に駆け寄って、後ろから自分の両腕を貴方の首に巻き付けぐっと引き寄せ抱きしめた。

「行かせません」
「……だめだよ。これが私が選ばれ私が選んだ使命なのだから」
「では何故泣いておられるのですか」
ポタポタと溢れる涙こぼす貴方に愛しさが募る。
「泣いて下さっていたのなら、少しは自惚れてもいいでしょうか?」
「……バカだなぁ。今になって気付いたの?」
遅いよ…もう、遅いよ。

そう涙と共にこぼした貴方に。
「では、こうしませんか?

寂しがりな世界様。
なら配偶者ではなく、次は私達二人と合わせて“家族”となるのです。
きっと二人より三人の方が、新世界様も賑やかで喜びますよ?」
「楽天的だなぁ」
そう、未だ泣きながら苦笑する貴方に。
「だって新世界様は新しいウツワ、私達は旧世界より引き継がれた古い魂になるのですから、新世界様は謂わば私達の子供なんですよ」
そう尚も食い下がる私に、貴方は困ったような悩んだような顔をしてこう言った。
「それで果たして新世界様はお許し下さるだろうか?」
「許されぬなら例え業火に灼かれても構いません。気に食わなければ、新しい神を新しい大地から探すでしょうよ」
そうやって私は何度でも言葉を重ねる。
貴方を奪われない為にならありとあらゆる手を考える。
「……うーん、それもそう、かなぁ?でもそれじゃあ今まで弑てきた皆の命はなんだったのか」
「どのみち世界が終わるなら、皆一度は滅びる定めだったのですから。深くは考えなさらず…また新世界で新しい命達が芽吹きますよ」
「はは、ホント楽天的」
「なんとでも」

やっと笑った貴方が嬉しくて、今度は二人手を取りながら、並んで天の階を登ってゆく。
今まで、ずっと後ろに控えて貴方を見てきた。
今やっと、白き貴方と黒き私の並ぶ姿は、さぞ対照的でおかしかろうと自然と笑みが洩れた。
「貴方が妻で、私が夫ですからね」
「え〜私が奥さんかい?きみの方がいいよ」
「…正気ですか?見た目からいっても性格にしろ、明らかに貴方が女側でしょう」
「そうかなぁ。私は、きみの常に乱れてる長い黒髪とか好きだけどなぁ。その黒い眼も。優しく私に触れる白めの肌も」
「口説いても駄目です。身長も体格も私の方が上でしょう。だから私が上でいいんです」
「もう、しょうがないなぁ」
そう言いつつも貴方は本当に心から幸せだというように微笑むから。
私もまた至上の幸福を感じながら、その横顔を眺めた。

神への階段がもうすぐ終わる。
世界もまたすぐに終わる。
永い時の命を貰った私達は新世界様にこう挨拶しよう。

「「初めまして。よろしく、私達の世界様」」


2015.7.19

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