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▼ 世界を渡る黒猫のお話

その黒猫は旅をしていた。
もう永い永い時を独りで。
黒猫にはこれといった寿命は無く、故に旅は無限に感じられた。
国境を渡り、時には船に紛れ込み海さえ渡って、ただ黒猫は歩き続けた。

重い足取りであった。
黒猫はもう諦めていた。
ただ前へと進むことに慣れた四本の足が、自然と次へ次へと行くままに歩き続けていた。

…この世界に黒い猫はもういない。
遠い日の魔女狩り、相棒の黒猫もまた皆同じ運命を辿り…。

愛し仕えた魔女により、こっそり寝かされ隠されて、難を逃れた生き残りがこの猫で。
黒猫はもうこの旅猫だけ。
黒猫は永遠にも感じられる時をひたすらじっと堪え、懸命に探していた。たった一人を。

寒い季節は過ぎ、時は春になっていた。
幾度目の春か、黒猫はもう数えるのも疲れていた。
しかし春以外の何かが、黒猫に何か訪れを告げていた。
ひょっとしたら?
…いや、もう期待はしないと決めた筈だ。
けれど足は真っ直ぐ気配のする方へ。

造られた美の誇る少し機械が混じった街から外れ、まだ昔の緑が自然に残る森の奥へ奥へ。
懐かしい。
この景観。この空気。
ああ、懐かしい、この気配。
森のほとり、一軒の小さな白塗りに赤瓦の家。
足取りは自然と期待のまま早くなり、黒猫は開いた扉の向こうに飛び付いた。
受け止めた魔女はもう姿形は違うけれど。
確かに同じ魂が灯っていた。

暖かい、幾年振りの暖かい両腕。
黒猫はやっと…やっと…。


「ありがとう探してくれて。アナタに会う為にまた生まれて来てしまったわ」

またよろしくね、私の猫ちゃん。


──世界を渡る黒猫の、これは永い永い旅末(たびまつ)のお話。


2015.3.28

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