君と云う或る男について


◆ウチ設定入ってますので苦手な方は注意

トレイという男は、インテリである
それは俺達がマザーの下で暮らしていた頃から、彼はいつもマザーのいる、頭が痛くなりそうな程本が置かれた部屋に入り浸っていた
クイーンやエースと分厚い本を囲んで難しい(それは自分には欠片も理解できなかったので)話をしていることもよくあったし、
俺が解らない事を尋ねると、話が冗長ではあるものの彼が知らなかった事は無く、いつも馬鹿丁寧に説明してくれた経験からもよく解っていた
このペリシティリウムの魔導院にきてからも、クリスタリウムに貼りだされる成績優秀者の中にいつも名前を連ねていたし(勿論クイーンとエースもであったが)
いつだか、クイーンが「トレイは正に『博覧強記』という言葉が似合いますね、暗記ならトレイの方がわたくしより優秀です」と言っていた(俺にはさっぱりわからなかったが)

そして、トレイという男は、綺麗だ
俺達が出会った8歳頃、彼はまだ少年らしさより少女めいた美しさをもっていて、俺は同じ様に可愛らしかったエースと含め女の子だと勘違いしていた
これは今となっては、完全に自分の中の黒歴史として葬り去りたい事実であり、ナインは日々クリスタルに密かに願っている
それはさておき、成長した今でこそ、身長もあり男性らしい体つきになったがその無駄に綺麗な顔は相変わらずである
シンクなんか「トレイはー、連れて歩くには完璧な男子だよねぇー」なんて言っていた
サイスは「ただし、口を開けば終わりだけどな」とも言っていたが

つまり、トレイという男は、モテる
女性に優しいし、賢い、その上綺麗で高身長
嫌味にも程がある、と内心毒づく
ただし、それは性格をよくしらない、またはあのお喋りに耐えられる者に限ってではある
その為、トレイがサロンやリフレに姿を現すと、他組の女子にしょっちゅう話しかけられている(俺は怖がられて近寄ってきてもらえねぇ!)

今日だってトレイが俺の報告書に付き合ってくれるというので、
喋りながら作業しやすいサロンまで重い資料を二人で分担してクリスタリウムから運んできたというのに
三十分したかしないうちに偶々サロンに休憩しにきたのであろう橙のマントをつけた他組(色とクラスは覚えられない)の女子達が
トレイの姿を見つけて、暫く少し離れたところでどうしようだの話しかける?だのもう一人の人が怖いだの(完全にまる聞こえだった)言いながら何やらこちらをチラチラ見ていた
トレイもそれに気づいているようで、少し苦笑いで俺の方へ視線だけ向けたものの、気にするでもなく資料をパラパラとめくり、必要な所を開いて机に並べていた

「あ、あの!0組のトレイさんですよね」

先程の女性徒達の一人が緊張した様子でトレイに話しかけると、他の女性徒もすぐ近くに寄ってきた
女っていうのは何で団体じゃないと動けないのだろうか、男子にとっては永遠の謎に近いものがある

「ええ、4組の生徒さんですよね」

トレイは彼女達(4組だったらしい)の方へ顔を向けると、ニコリ、と笑って答えた
彼女達が顔を赤らめて歓声をあげる
トレイと会話できたことがとても嬉しいらしく、目をキラキラと輝かせている
やれ、この前の定期試験凄かっただの模擬戦闘かっこよかっただのトレイは俺が思っているより有名人だったらしい
トレイも外面がいいので、無碍に出来ないタイプである
その横顔を盗み見てにこやかに彼女達に接するトレイに何故かもやもやした気持ちを抱く

(クソ、つまんねぇ)

腕を組んでソファに体を投げ出す
『つまんねぇ』
それは女性徒に囲まれたトレイに対してではなく、女性徒達に対してであることに気付き違和感を覚えた
(俺は、女にモテるトレイを羨ましく思ってんだよな…?オイ
そう、俺はモテるトレイがつまらないはずであって、優しくされている他組の子が羨ましいわけは無い?よな)
纏まらない思考にも、話が終わらないトレイ達にも更に苛立ちが募って思わず舌打ちをした
考えるのは得意じゃない、こういう時は寝ちまうに限る、どうせ話が終わるまで報告書も手伝ってもらえそうにないのだし
隣に座るトレイの膝に頭を乗せてソファの肘掛に足を投げ出した
膝の重みに気付いたトレイが彼女たちから顔をこちらに戻し、俺の姿を確認すると困ったように、でもそれはそれは優しく笑ってみせた

「ナイン、すみません、後で起こしますね」

トレイは小声で俺に謝ると手を伸ばして俺の瞼を掌で覆って目を閉じさせた

「……おう」
「ふふ、まるで猛犬を手懐けたような気分です」
「オイコラ」
「あとでリフレで奢りますよ」

その体温がひどく心地よくて、俺は一気に眠気が増すのを感じた
相変わらず彼女たちと会話をする楽しげな声は続いていたけれど、今ならそれもBGMには悪くないと思った
先程まで感じていた苛立ちが一気にトレイの体温に融かされた様にするする流れていくのを感じる
目覚めたら嫌がらせもかねてリフレで大量に注文してやろう、それでさっきの苛々はチャラにしてやる

トレイという男は、優しい
それは勿論、誰か一人にではなく、0組の誰に対してもそうだし、むしろ他組の人にも
分け隔てなく笑顔を向ける


ああ、でも俺に向ける笑顔の方がよっぽどいい

自然と上がる口元を必死で押さえて、沈んでいく意識に身を任せた