優の口から溢れた言葉に耳を疑いたくても私にとって優は全ての存在なのだ。裏切るような事もしないし、彼を信じないなんて私からしたらありえないことなのだ。呪いのように植え付けられているその感覚を恨んだことなどなかった。

あれから八年経った今でも私は優を愛してる。優がいなくちゃ生きていけないほどに私は優に、溺れているらしい。弟であろうと私にとって優は全てで生き甲斐のようなものだ。彼を護るためだけに生きてても構わない。


私が優から聞いた言葉が「あの男は姉ちゃんを違う人間と重ねている」ということだった。それが嘘でもなんでも良かった。そうなの、と高低差を付けることもなく優の頭を優しく撫でれば私よりも少し大きくなった優は身を任せるように抱き着いてきた。黒い髪が頬を掠めて擽ったかった。それに翠の瞳は嬉しそうに細められていた。やっぱり私は優が大好きだ。貴方の言うこと成すこと私からすれば全て正しい。これは依存だ。彼の告げた重ねていると言う言葉を認めたくなかった。私が愛されているのではなく、違う人と重ねて愛している。許せないというよりも絶望の方が勝った。少しでも本気になりかけた自分の頭を鈍器で殴りたい。


「姉ちゃんは俺だけを見ていてくれれば良いんだ」


これは依存だ。姉ちゃんに対しての依存。姉ちゃんに言ったことは全て嘘だ。姉ちゃんからすればそんなのはどうでもいい筈だ。姉ちゃんはそんなことに執着しない。どうでもいいと思ってるはず。いや、絶対に。誰よりも、ここの誰よりも翔子と過ごしてきたのだから俺のわからないことのほうが少ない。何があったか聞けば姉ちゃんは嘘偽りなく教えてくれる。それが、姉ちゃんの良いところであり悪いところだ。俺を信じすぎている。自意識過剰といわれても仕方ないかもしれないが実際そうなのだから何も言えまいだろう。俺の取った行動は姉ちゃんに近いあの男への復讐のようなものだ。俺の姉ちゃん、そんな風に思うようになったのはいつからだったか。


「最近僕に冷たいよね、何かあったのかな」


人当たりのいい笑みを浮かべてもけっして靡かないこの子が気に入ったのか、僕にだってさっぱりだったがこの子だけは僕のものであると主張したくて毎日距離を詰めては彼女に愛を呟いた。真昼なんて眼中になかった。あんなのは好きにはなれなかった。人当たりのいい人気者のいい女の子止まり、はっきりいえば優しいクラスメイトでしかなかった。あれと許嫁?ふざけるなよ。嬉しくもなんともない。僕のタイプじゃない。初めて見た時にこの子は僕を楽しませてくれるかもしれないという淡い期待を抱いた。まさか当たりだなんて思ってなかった。本気になった自分にも驚いた。そうだ、これはあの弟くんの仕業なんだ。どう処分しようかな。


「優、翔子に、何を吹き込んだ」


何も吹き込んでない、と素っ気なく返してきた小生意気なこの少年は俺の愛した女の弟である。まあ、義理だが。優は確実に嘘をついている。はっきりさせるにはこいつを痛めつければいいだけだが痛めつけたことを翔子に話されたら勝ち目などなくなる。真昼を愛していたけれど、今は違う。あいつは俺の相棒でしかないのだ。恋愛対象にならない。現在俺は翔子を愛しているのだから。紺色の髪にするりと伸びた腕。スカートから覗く脚。艶やかな薄紅色をした唇。化粧なんてしなくても十分に美人なあいつに俺は虜になったらしい。


「あーあ、グレンってば最低だなあ」


真昼はぶう、と頬を膨らませていた。けれど真昼にとって最近のグレンはなんてことないただのお友達でしかない。真昼は自分を見なくなったグレンを恨むことなく変わってやろうと新しい恋を始めようとした。相手?深夜は好きじゃないし、私が今一番に欲しいものは翔子ちゃんなの。可愛くて優しくて強くて、欲しいけど手を伸ばせない。周りは彼女のことが大好きで周りからちやほやされているのに気にせずに自分の道を切り開いていた。恋愛ごとにうつつを抜かさない姿勢も私にとっては凄いものだった。強くて儚くて美しい。新とした佇まい、グレンが惚れるのも無理ないわね。でも、私だって欲しいのだから。


「なぜあいつは柊家に来ないのか」


そんなの分かりきったのとでしょ、ここが嫌いなだけだよ、と養子である深夜はくつくつと喉を鳴らした。さっさと出てけと言う意味を込めて睨みつければ飄々としながら部屋を去っていった。あれは翔子を愛しているみたいだが、それは俺もだ。あいつに翔子では釣り合わない。真昼以上の実力者であるあいつを深夜が得ることなどありえない。有り得てはいけないのだ。深夜ごときが翔子と付き合える筈がない。自分で言ってしまうのはなんだが、俺の方が実力者であり権力も強い。あんな飄々とした男に翔子は渡さない。


「あはぁ〜、あの子が恋しいなぁ」


遠くを見つめて舌なめずりをしたフェリドは傍からみたら大変気持ち悪いだろう。しかし、人を引き付ける美貌を持つフェリドなのだから頭の悪い吸血鬼からしたらなんて美しいの、となるのだろう。吐き気がする。本来フェリドは外見は美しいものの中身を見れば腐った林檎以上に最低な人間だった。惨殺しまくった百夜孤児院の子供達、逃げた二人の少年少女。フェリドはあろう事か逃げ出した少女に、恋をしたのだ。吸血鬼であるミカエラ、元百夜孤児院の少年。逃げ出した少女の義理の弟、彼もまた彼女に恋をしているのだ。彼女を好きなになっても時間軸か違うから彼女はすぐ死んでしまうんだろうな。あぁ、でも会いたい。彼女の血を飲んでみたい。ミカくんにいったら殺されるかな?


「フェリド、あいつ、僕の姉に手を出したら殺す」


自分の異様なほどの姉への執着や依存を僕は認めていた。この吸血鬼の世界で僕は姉を愛することを糧として生きてきた。勿論優ちゃんのこともだ。二人は騙されているんだ。僕と三人でどこかに逃げてしまいたかった。三人だけの世界を作り上げてそれで、と妄想をつらつらと並べることはできても実現させることは難しい。姉の実力を見て吸血鬼たちは姉に、興味を抱いた。ふざけるな。僕の姉だ。たとえ優ちゃんでも渡したくない。僕だけの姉なのに。ふざけるな。何も知らない貴様らが姉のことを好きになっていいわけがない。屑ばかりだ。姉会いたいよ、優ちゃんにも会いたいよ。


「ふぅん、そう、ミカのお姉さんなのねぇ」


足を組んで画面に大きく映った少女を見つめた。美人だ。それに強い。私でも勝てるかわからない、そのくらいの強さを持っているわね。ミカが溺れるのも分からなくはないわ。こんな素敵な姉がいたら、それに義理だとしたら恋をしてもおかしくはないわよね。でも、きっとミカが私の血を飲んで生きている事を知ったら絶望するんじゃないかしら?残念ながら私まであなたに溺れそうだわ。レスト・カーもこの子のことを見て欲しいとかほざいていたわね。早くしなくちゃいけないのだけど、私は残念ながら彼女のこと知らないわ。さて、どうしようかしら?


「この子がクルルが言ってた子か、美味しそうだなぁ」


まさか、自分がこんな思いに浸るなんて思ってもいなかった。血を提供する人間はいっぱいいる。けど、違う。この子の場合は跪かせて思い切りいたぶって心身共にボロボロにしてしまいたい。そしてごめんなさいと喘ぐ姿を見てみたい。身ぐるみ剥がして僕だけを感じさせて喘がせて、犬にしたい。そこまで思わせる人間は久しぶりだ。しかも、見ただけだというのに。力的にはクルル以上、僕未満というところだろうか。人間の分際がここまで成長するのか。名前も知らぬ美女のこの子はいつか、近いうちに僕のものにしてやろう。