あー、なんか物足りないわ。何が足りないかというとこの前出会った人間の女。百夜教の生き残りのうちの一人(生き残りは二人いる)らしい。腰まで伸びた紺色の髪に血のように染まった赤色の瞳。その瞳には俺たち吸血鬼への闘志が燃やされているように感じた。何よりも怖かったのだ。おそらく第3始祖以上の実力を持つ女。よりによって女。けれど、それがたまらなかった。何故だろうか。その女を求めていたのだ。この俺が。

「チェス、ホーン」
「はぁーい、クローリー様」
「チェス、五月蝿いわよ」

騒がしく俺の周りにいるのは従者であるチェスとホーン。容姿は整っているものの騒がしいためか俺の好みではないのと、俺より弱い奴に興味がないだけだ。だから、人間で第三始祖に引けを取らないあいつのことは認めていたのだ。

「あの女について調べてくれ」
「は?え、クローリー様……」
「どういうことですか」

強気な態度でも俺への忠誠の志はあるようで。なんとなく不機嫌そうに見えるのは俺がこの二人を構ってやってないからか。そりゃそうだな。お前らは強くてもあの女には勝てないのだから。俺の好きな女は「強くて美しい」。そうでなくてはならないのだ。

「クローリー様を誑かした、ユルサナイ...」
「チェス、やめなさい」
「っでも、ホーン!あんな女ごときにっ!」
「あの女は第三始祖以上の実力を持つぞ。お前ら二人でも勝てないだろう」
「そんなことっ!」

言おうとしてぐっと唇を噛んだのは珍しくホーンの方だった。忠誠を誓い、クローリーから血を貰い彼に従ってきたのに。とんだ冒涜であり侮辱である。吸血鬼は人間に劣らない。それを知らしめることができればクローリーは自分を認めてくれるのか。先ほどクローリーから貰った血が体内を巡る。

チェスは爪を噛んでいた。カリカリカリカリと音がしてチェスの、爪先は荒れていくだろう。ホーンは先ほど自分が声を上げたことを後悔しているのか、なんとなく大人しくなりつつもクローリーを誑かした人間に対して深く恨みを抱いていた。お門違いといわれればそれまでもしれないが、それでも許せなかったのだ。つい先日現れただけの人間に奪われる苦しみ。

「クローリー様、その女を倒したら認めてくれますか」
「何をだ?」
「その女よりも私たちが優れていると。貴方の傍に居るのに相応しいと」

ホーンは跪いてクローリーを見つめた。チェスも同様に跪く。二人はとあることから従者をしているにもかかわらずいつの間にかクローリーを本当の主人として認め、一生ついていきたいと思ったのに、クローリーは違う女を見つめていたことが何よりも悔しかったのだ。

「じゃあ、その女を生け捕りにして来い」
「は?」
「俺はその女が欲しいんだ。だから、連れてこい。その女を俺のモノにし、お前らをその女よりも強いと認めてやる 」

にまりと弧を描いた口元は何かを企んでいるようにも思えたがチェスとホーンは嬉しそうに頷いて徐に扉を開けて部屋から出ていってしまった。クローリーはかちゃかちゃと人の血のワイングラスを揺らしていた。

あの女に敵うのは第三始祖以上の実力を持つもの。それでも五分五分だろう。チェスとホーンが敵うわけがない。知ってるにも関わらず制止しなかったのは面白そうだと思ったからだ。吸血鬼二人、強い二人にどこまで抗うのか。



チェスとホーンが帰ってきたのはその夜のことだった。ボロボロになった服に赤い液体が染みていた。やっぱりそうか。あの女は強い。欲しくて堪らなかった。ここまで物をほしがるなんて俺も欲が強くなったもんだ。

「明日、姫を迎えに行こうか」
「っ、はい……分かりました」
「チェス……」

唇を噛み締めても自分が勝てないことくらいあの人間を見た時にわかってた。あの人間は多分、そこらの吸血鬼では勝てない。フェリドでも勝てるかわからないくらいだ。おそらく人間でない何かも混じっているような気がしたが、それを差し引いても強すぎていた。

ふんふんふーん、クローリーは鼻歌を歌っていた。明日が楽しみだったのだ。寝込みを襲えば何もできまい。どれほど強くあれど後ろから襲って身ぐるみを剥がせばただの女。それでも抵抗してきたら面白い。