吐息が漏れた。身体が熱を帯びていくのが分かる。やめて、と口に出すこともしないまま彼、一瀬グレンの思うように彼の下で声を漏らすばかりだ。

自室。必要最低限の物しかないシンプルな部屋。黒と白というモノトーンで構成されたような部屋は私にとって居心地が良くて、だからなんだ。その部屋が私に何を齎すというのか。何も齎すことのない部屋はあくまで私の休息の場でしかないというのに。何を求めたのだ、馬鹿らしい。


唐突に部屋を訪ねてきたのは一応私の上司である、分家と罵られ蔑まれた一瀬家の子息、一瀬グレンだ。けれど、私は彼に恩がある。


吸血鬼の世界から優と二人で逃げ出して、世界はまだ生きていたことを知って、けれどどうしようもない私たちを助けてくれたのは紛れもないグレンである。

だから私はグレンを尊敬しているし、命を助けてもらったという大きな借りがある。私を実験道具にしようが、何を使用が構わない。優を助けてくれるなら、優の望むことを叶えてくれるなら。ならば、優の為なら私はなんだってしてさしあげよう。


時間は十時を回っていた。世間一般的にはそこまで遅い時刻ではなくとも高校生(私は二十歳だが)は寝る準備にかかってもいい時間だ。グレンだって暇なわけではなかろう。

さては進まない仕事を頼みにでも来たのか。だったらとんだ迷惑にしかならない。何のようだ、と呆れを含んだ瞳で彼を見つめて尋ねた。

するとグレンの体が大きく傾いた。何事だと彼を支えられる力も体格も無いにしろ咄嗟に腕が出る。支えて押し潰されるなら別に構わなかったが、彼は疲れて倒れかけたんじゃなかったのだ。

驚くほど簡単に唇が重なった。頭の後ろに手を回されてもう片手では私の腰を掴んで離すことはしなかった。開いた私の部屋の扉を乱暴に、かつ器用に足で閉めてそのまま私のベッドに倒れ込む。

「んっ、ふぁ……」

自分でもこんな声が出るのか、と思うくらい声が自分の口から漏れた。脚と脚の間にグレンの脚があって、腰や頭に回っていた腕は私の顔の横に置かれていた。

「翔子……」
「何事だ、いきなり……」

然程嫌とも思わなかった行為だ。私が彼を嫌ってないから、というのが正しいのだろう。されることを恐ろしいとも思わなかった。

だからといって嬉しいと思ったかと聞かれればノーなのだが。なんとも思わなかった、と答えるのが正しいのだ。

「今日は、俺に従ってくれ」
「っは、従ってるじゃないか。いつも、いつも」

とろんとした目できつい口調で翔子はグレンに言葉を返す。グレンはふっと笑ってから首に顔を埋めた。出来ない事をしたい。優にしか構うことのないこいつを俺のものにしたい。独占欲だけが渦を巻いている。

真昼への罪悪感、優への優越感。深夜や暮人に対しての優越感。こうすることだけで色んなことに浸れる。わりぃな、頭の中で謝っても言葉に出ることはなく。段々と罪悪感さえも薄れ始めているグレンは獲物を見るような目つきで翔子の首筋に噛み付いた。