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ーーーいいかお前ら、
これから俺が言うことを踏まえておくんだ。



先程よりも大分スピードを落とした
女型の巨人の前に、
3人は意を決して飛び出していく。
動きが鈍くなっている今こそ、
足止めのチャンスだ。
今、手を打たないと取り返しのつかない事になる。



深く被ったフードの下で、
アルミンはジャンの説明を脳内でリピートする。




『少しでも長く注意を引き付けて、
陣形が撤退できるよう尽くせ。
少しでも長くここに留めるんだ。
もし足の腱を削いだのなら十分以上…
ただし無茶はしてくれるな、
アルミンが言ったように
ヤツにはどうやら知性がある。
他の巨人とはまったくの別物…
仕留めることは不可能だろう』




(やっぱり、ジャンはすごいや…)




混乱を極める状況下でも
速やかに指示を出したジャンは、
アルミンには無いものを確かに持っている。
訓練兵時代は立体機動の成績が
飛び抜けて良かったし、
そして周りを気遣う優しさもあった。
本人はそれを悟られたくないのか、
ぶっきらぼうな態度を取ることが多かったけれ
アルミンの前だけでは
いつだって素の優しさを見せてくれた。
お前の相手に一生恨まれるかな、と
項垂れるジャンの顔は
まるで捨てられた仔犬のようで、
アルミンは思わず笑ってしまった。




(そうだ…怯えてる場合じゃない!
今、何をすべきか…!!)




公に心臓を捧げた兵士として、
命ある限り戦うと決めたばかりじゃないか。
自分自身にそう言い聞かせ、
アルミンが女型の巨人を
キッと睨み付けた時だった。

女型は突然クルリと方向転換し、
アルミンに向かって突進してきた。
その素早さと言ったら、
対人格闘の訓練でペアを組んだ
アニの動きを彷彿とさせた。


女型は迷わず、アルミンの馬を左手で払い除ける。




「ーーーうッ!!」




その拍子にアルミンの軽い身体は
羽根のように宙をひらひらと舞い、
地面の上を転げ回る。
叩き付けられる前に咄嗟に受け身をとったが、
額の辺りに傷がついたらしく、
視界の中を鮮血が散った。
装備していた立体機動装置は
落下の衝撃でガシャンと外れる。




「くっ……!」




痛みを堪えていると、頭上に影が差す。
上体を起こすことも出来ないまま見上げた先に
此方を見下ろす女型の巨人の姿があった。
"彼女"は傍らに屈んだまま、
やはり止めを刺そうとしない。

迫り来る死への恐怖心からか、
ひんやりとした汗が体を包むと同時に
女型の巨人は自分を殺せない、と
確信めいた考えがアルミンの中に浮かぶ。

だって、この女型の巨人は恐らく…。




「アルミン!!」





「!!」





悲鳴のように自分を呼ぶ声がしたと思うと、
女型の巨人は弾かれたように起き上がる。
アルミンをその手にかけようとする
女型を仕留めようと、
ジャンは無謀にも立体機動で立ち向かっていく。




「ジャン!!無茶はよせ!!」




アルミンの声も悲鳴のように、辺りに轟く。
女型の運動精度は普通の巨人の比じゃない。
人間が考えてこの巨体を操っているのだから
当然だ。

女型はジャンを殺そうと殴りかかるが、
彼は寸でのところでそれをかわし、
巨人の弱点であるうなじの前へ回る。
無茶な動きのせいで強烈な重力がかかり、
身体がギシギシと音を立てるが、
それに一々構っている余裕はない。


ーーーヤツのうなじを削げば。


殺せる、と一縷の希望と共に
ジャンがブレードを構えた瞬間。



女型の左手が、うなじを覆った。




(!?…うなじを守りやがった!!)




コイツは巨人の弱点さえ把握しているというのか。

予想外の展開に呆然としていると、
女型の巨人はゆらりとジャンの振り向き
右の拳を握った。

この体勢から回避に移るのは困難だ。
ワイヤーを掴まれたら終わり。



俺はここで死ぬ。




自らの死を確信し、
恐怖におののくジャンを救ったのは
苦しげに上体を起こしたアルミンの
透き通った声だった。





「ジャン!!仇をとってくれ!!
右翼側で本当に死に急いでしまった
死に急ぎ野郎の仇だ!!
そいつに殺された!!」





突然響いた彼女の声を聞いて、
何故か女型の巨人はピタリと動きを止めた。
その隙に、
ジャンは女型から距離をとることに成功する。
しかし、今度は錯乱している様子のアルミンを見て
顔を青くさせて黙り込んだ。




「僕の親友をこいつが踏み潰したんだ!!
足の裏にこびりついてるのを見た!!」




なおも必死に叫び続けるアルミンは、
ジャンを見ていない。
彼に訴えかけているはずなのに、
その目は女型の巨人に真っ直ぐに向けられていた。




(頭打って錯乱しちまったのか!?)




彼女の顔は血で染まっている。
それにも構わず目を剥いて叫んでいる
アルミンの姿は鬼気迫るものがあり、
声を掛けるのも憚れる程だ。


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