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夕日が世界を優しい色に染めている。
辺りは2人を乗せる馬の蹄の音しかしない。
リヴァイはそれほど口数が多くないのか、
アルミンを後ろに乗せてから
無言で馬を走らせている。
不思議とそれに気まずさは感じなかった。
心地の好い沈黙。
以前ベルトルトと一緒に本を読んでいる時に
感じたような、懐かしい空気。

このまま行けば
あと10分程で本部に到着する。
持たされた松明は結局
火をつけることはなかった。
リヴァイが帰路で
使用することになるだろうが。
松明を片手にリヴァイは
今と同じ道を1人で帰るのかと思うと、
途端、申し訳なさでいっぱいになる。
今夜は兵舎に泊まればいいのに。
いや、それは無理か。
古城にエレンが居るのだから。

そのまままっすぐ道なりに
進むと思っていたのに、
リヴァイは突然進行方向を東へと変えた。

それまで心地好い揺れにぼんやりとしていた
アルミンは、一気に覚醒する。




「どこかに寄るんですか?」




「あぁ。近くに村がある」




「村に用事が…?」




「ついでだからな」




そう言うだけで、
リヴァイはそれ以上を語らなかった。






◆◇◆◇◆◇



ハノーファ村、という木の立て札が
村の入り口にひっそりと置かれている。
所々に吊り下げられたランプに明かりが灯され、
村は静かに、暖かく2人を迎えてくれた。

がらんとした厩舎を借り、馬を繋ぐと
リヴァイはアルミンを振り返り
「腹減ってるだろ?」と問い掛ける。
夕飯時なのでお腹は空いているが、
本部に帰ってから兵舎の食堂で
適当に済ませようと思っていたので、
大丈夫です、と答えようとした時。
タイミングが良いのか悪いのか、
アルミンのお腹が盛大に鳴った。
それも可愛い音ではなく、
我慢できないほどの空腹を訴える音だ。




「………」




余りの恥ずかしさに顔を真っ赤にすると、
「返事したな、お前の腹が」と
リヴァイは愉しそうにからかってくる。




「馴染みの店があるから連れてってやるよ」




来い、と促され、アルミンは俯いたまま
大人しくリヴァイの後ろをついていく。
向かった先は小さな酒場のようだったが、
彼いわく料理が旨いらしい。

小ぢんまりとした店は花で囲まれ、
入り口の扉が僅かに開いている。
リヴァイが扉を引くと、
上に付けられた鈴がチリンと鳴った。




「入れ」




「は、はい!失礼します!」





ドアを開けてくれたリヴァイに大袈裟に頭を下げ、
アルミンは恐る恐る足を踏み入れる。
明るすぎない店内は静かで、人の気配がしない。
テーブル席はは3卓しかなく、
あとはカウンターに椅子が6つ並んでいる。
本当に営業しているのか、と首を傾げると
リヴァイは勝手知ったる様子で
一番奥のテーブル席に腰を掛ける。




「座れ」




「…はい」




来い、とか入れ、とか、座れ、とか。
兵長に指示されないと何も出来ない人みたいだな、
と苦笑しつつ、
アルミンはリヴァイの向かいの席に座った。
窓から見える村は静かに夜を迎えようとしている。
きっとこの村の夜は耳が痛む程に静かなのだろう。
向かいの彼は腕を組み、カウンターの方を見て
「ミシェル!」と叫んだ。




ーーーミシェル。



聞き覚えのある名前にアルミンはハッとする。
彼がその名を呼び掛けた直後、
あれほど静かだったカウンターの奥から
バタバタと物音がし、
コツコツというヒールの音を鳴らして
1人の女性が顔を出す。




「リヴァイ!?ごめん、気付かなかった!」




「クソでも長引いたか」



「もーまたそういうこと言う!
ちょっと奥で在庫の整理しててーー…」




長い艶やかな黒髪を高い位置で一つに束ねた
はっきりとした顔立ちの美女は、
アルミンと目が合うと、
驚いたのか続く言葉を失う。




「ミシェル、新兵のアルミンだ。
空腹でくたばりそうらしい」




「アルミン……」



つり目がちの大きな茶色い瞳は
長い睫毛に覆われている。
唇には赤いルージュが引かれていて、
大人の女性らしい色気があった。
体のラインが出るピッタリとしたワンピースは、
スタイルが良い彼女にとても似合っている。




「初めまして、ミシェルです。
すぐに夕飯作るからちょっと待ってて!」




赤い唇が弧を描くのを惚けた顔で見ていると、
ミシェルはクルリと背を向けて
キッチンの中へと入っていった。



…彼女が、リヴァイに選ばれた女性か。
話に聞いていた通り、明るくてとても美しい人だ。
2人が恋人同士だったことを
ハンジから聞かされていたアルミンだったが、
リヴァイはそれを知らない筈なので、
特に何も聞かずに出されたグラスに口をつける。
しかし、正面に座るリヴァイを見つめると、
思いがけず視線が交わり、
何か話さなくちゃと焦ったアルミンは
「兵長のお知り合いですか?」と
咄嗟に尋ねてしまった。

馬鹿!と心の中で自分を叱責したが、
リヴァイは何でもない風に答える。




「ああ。知り合って4年以上経ったか…
腐れ縁だな」





付き合っていたことは言わないんですね。
棘のある指摘を口に出す勇気はない。


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