1 調査兵団に入団し、5日が経過した日のこと。 ネス班に配属になったアルミンは、 いつも通り長距離索敵陣形の講習の後 立体機動の訓練に入ろうとしていた。 長距離索敵陣形とは、 エルヴィンが考案した理論であり、 この陣形を組織することで 調査兵団の生存率は飛躍的に伸びた。 前方半円状に、長距離だが確実に 前後左右が見える距離で等間隔に兵を展開。 可能な限り索敵・伝達範囲を広げる。 新兵は荷馬車の護衛班と索敵支援班の中間で、 予備の馬との並走・伝達を任される。 主に巨人と接近するのは初列索敵班の兵士。 彼らは巨人を発見次第、 赤の信煙弾を発射する。 信煙弾を確認次第同じようにして伝達。 こうして先頭で指揮を執るエルヴィンに 最短時間で巨人の位置を知らせるのだ。 そして今度はエルヴィンが緑の信煙弾を撃つ。 陣営全体の進路を変えて 新たな方角に舵をきるためだ。 全隊に方角を知らせるため、 皆が進路に向けて緑の信煙弾を撃つ。 この要領で巨人との接近を避けながら 目的地を目指す。 講義中にとったメモを 熱心に読み返していると、 大声でネスを呼ぶ女性の声がした。 聞きなれた声がハンジのものだと気付くと、 アルミンはポカンとその声の持ち主に目をやる。 「ハンジ分隊長?はて、こんなところで何を? 今日は確か実験初日だって…」 「そうさ、だから来たんだよ! ちょっとアルミン借りてくよ!」 「は!?あ、ちょっと!」 ネスの制止も聞かずにハンジは踊るように現れ 小柄なアルミンを軽々と持ち上げて 自分の前に乗せる。 「うわぁ!?」 突然拐われたものだから、 思考回路が追い付かずアルミンは目を白黒させる。 ハンジに後ろから抱えられるようにして 馬に乗せられているのは解ったが、 これから何処に連れていかれるのかも 定かではない。 「は、ハンジさん…僕はこれから訓練で…!」 「訓練んん?1日くらいサボったって どうってことないさ!」 「いやいや、どうってことあります! ネス班長に、お前はもっと 鍛えないとダメだって言われてて…!」 「分かるけどさぁ、 キミ3年も訓練してきたんでしょ? 今更そんな一朝一夕で変わらなくない?」 「う…」 確かに。元々才能がないのだから どう頑張ってもこれ以上伸びないのは 目に見えている。 痛いところを突いてくるハンジに 反論出来ずに押し黙ると、 ハンジは後ろで明るい声を上げた。 「酷いよねーエルヴィンったら! 私口酸っぱく言ってたんだよ? アルミンうちの班にちょーだいって! それなのにキミ、ネスんとこに配属されてさぁ。 悔しいから、アルミンが必要な時には 勝手に借りに行くって言っちゃったよ!」 エルヴィンの名が出た時、鼓動が高まったが、 アルミンは平静を装う。 「ハンジさんやリヴァイ兵長の班は少数精鋭だから 僕みたいな新兵は入れませんよ」 「うん、まぁそうだね。よく知ってるね、 エルヴィンと話したの?」 相変わらずの洞察力と、 口を滑らせた自分の浅はかさに アルミンは溜め息を吐く。 「…勧誘式の後に少しだけ」 「うっわ、アルミン絶対目ェ付けられてるよ! くれぐれも唾はつけらんないように気をつけて!」 実はもうつけられました、とはとても言えず、 アルミンは苦笑しつつも頷いた。 ウォール・ローゼの内地は緑が多く、 清らかな空気に包まれている。 巨人の脅威など微塵も感じない 長閑な景色の中を小一時間程走ると、 森林の中にひっそりと佇む古城が見えてきた。 「あれが旧調査兵団本部。 リヴァイ班が住んでるお城!」 「あれが…」 ハンジの話から何となく予想はついていた。 今日はエレンの巨人化実験の初日ということで 自分は此処に連れて来られたらしい。 エレンと会うのは審議所で別れた以来だ。 幼い頃からほぼ毎日顔を会わせていたので、 たった数日空いただけでも 随分と久しぶりに感じる。 エレンに会えると思うと少しだけ気分が高揚した。 「お待たせー!出発するよーー!!」 正面の扉をガンガンと叩きながら、 ハンジが大声でそう叫ぶと、 中から一番最初に顔を出したのは 現・城の主であるリヴァイであった。 「遅ぇ……クソでも漏らしたのか」 不機嫌を露にし、地を這うような声で吐き捨て 自分より高い位置にある筈の ハンジの顔を見上げようとする。 しかし、そこには何もなかった。 その代わり、自分の目線より下に 緊張した面持ちで此方を見上げている アルミンの整った顔があり、 リヴァイは目を見開く。 「へっへーん、驚いた!? ゲストを迎えに行ってたから遅くなったよ!」 ケラケラと愉しそうに笑って ハンジが後ろから顔を出すと、 リヴァイは凶悪な顔を彼女に向けた。 「何でコイツがいる。訓練はどうした」 「どいつもこいつも訓練訓練うるさいなぁ! エレンの巨人化を2度も目の当たりにしてる アルミンは重要参考人なんだよ! それに初回なんだからアルミンが居た方が エレンもリラックス出来るでしょ」 「え…アルミン!?」 「エレン!!」 リヴァイの後ろから姿を現したエレンは 金色の目を大きく瞬かせた。 エレンが所属する特別作戦班…通称リヴァイ班は、 人類最強の兵士長リヴァイを中心に 巨人殺しのスペシャリストが肩を並べる班だ。 訓練兵団を卒業したばかりの新兵である エレンがそこに配属されたのは、 その巨人化能力をもってしてのことであり、 本来ならばこんなに早くリヴァイの班には 入れて貰えないのだ。 リヴァイ班の面々は気さくで面倒見がよく、 しばしば差別の対象となる エレンにも好意的に接してくれたが、 つい最近まで気心知れた同期に 囲まれていたエレンにとって 古城での生活は正直息が詰まりそうだった。 そこに突然、 幼馴染みのアルミンが顔を出したので、 エレンは不覚にも泣きそうになってしまった。 × → back 121/47 |