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身体中に走る鈍い痛みを感じ、
呻き声を上げながら
ジャンはゆっくりと目を開ける。
身体を伝わる振動から、
馬に揺られているのは解ったが
自分を支えるその小さな背の持ち主が
アルミンだと気付くと、
ジャンは慌てて身体を起こした。




「アルミン…!?」




104期の女子の中でも一際小柄なアルミンが、
意識のない自分の身体を支えてくれていたとは。
何て不甲斐ない、とジャンはガクリと項垂れる。




「…ジャン…目が覚めたんだね…よかった…」




此方を振り向きもしないで、
アルミンはか細い声でそう呟いた。
すぐ後ろにいるのに辛うじて聞こえる程の声で、
そしてその声は微かに震えていた。
段々意識がはっきりしてきたジャンは、
気を失う寸前の記憶を取り戻しハッとする。

エレンを奪還し、総員撤退の号令が轟いた後
兵士達は壁に向かって全速力で駆ける途中
鎧の巨人…ライナーの反撃に遭ったのだ。
ライナーは周囲の無知性巨人を無差別に投げ
その一体が自分達の近くに落ち、
巻き添えを食らった。

馬から弾き飛ばされた衝撃で気を失ったのだ、と
思い出し、ジャンは前に座るアルミンに問う。




「エレンとミカサは…!?」




確かあの2人も、ライナーの反撃を受けて
地面に転がっていた筈だ。




「大丈夫。2人共、僕の前を走ってるよ」




「そ、そうか…良かった…!
すまん、迷惑かけちまって…」





辺りは日が落ち、薄暗くて視界が悪い。
周りには松明の灯りがちらほら見えるだけで、
エレンとミカサの姿を直接確認することは出来ない。
それでもアルミンが言ったように
前を走る馬の力強い足音が確かに聞こえ、
ジャンはホッと安堵の溜め息を吐いた。




「…ジャン…
もっとちゃんと掴まってくれないと落ちるよ」




「あ!?…お、おう!」




咎めるような声でそう言われ、
ジャンは少し躊躇いながらも
アルミンの細い腰に手を回す。
失礼します、と思わず声が漏れそうな程
恐る恐ると。
アルミンを後ろに乗せたことはあったが、
まさか彼女の後ろに乗せてもらう日が来るとは。
距離が縮まると、ふわりと女性特有の甘い香りが
鼻を擽り、ジャンの心臓は大きく跳ねる。
密かに想いを寄せていた少女が今腕の中に居る、
その現実に歓喜したのはしかし一瞬の事だった。




「………!」




これだけ近付けば、いくら夜のカーテンに
遮断されていようとも気付く。
彼女が泣いていることに。
微かに震える肩から、時折漏らす小さな嗚咽から
彼女の悲しみが伝わってくる。

きっとボロボロと涙を流して、
それでも毅然と前を見据えているに違いない。
アルミンは、
かつて愛した恋人が巨人の正体であったこと、
肩を並べて闘った仲間の裏切りにあったこと、
そして彼らと刃を交え決別したことに深く傷付き、
その身に抱えきれない程の苦痛を味わい、
溢れてくるものを堪えることが出来なかったのだ。





「……、ふっ……」





アルミンが泣いているのには、
実はもうひとつの理由があった。
幼少の頃からアルミンやエレン、
ミカサの面倒を見てくれた
駐屯兵団のハンネスが、この戦いで死んだと
先程エレンに聞かされたからだ。
ハンネスは、エレンの母親である
カルラの仇を討とうとしたらしい。
昔は仕事中に酒を飲んだり、
一日中酒場のテラスに座っていたりと
不真面目な兵士だったが、
5年前のシガンシナ陥落の日を境に
人が変わったように真面目な駐屯兵になった。
エレンとミカサの命を救ったあの日から。

まるで親代わりのように3人の身を案じ、
成長を見守ってくれていた人が
この世界から消えてしまった。
数少ない、幼い頃の自分を知っていてくれた人が。


ハンネスさんはもういない。
何処を捜しても。



仲の良い同期や上官を喪うということは
これまでに何度も経験したが、
ハンネスの死はショックが大きすぎて、
アルミンは酷く取り乱した。
アルミンだけじゃない、
恐らく前を走るエレンもミカサも泣いている。

3人の泣き声は馬の足音に掻き消され、
全てを隠す夜の中に吸い込まれていく。
今ならみっともない泣き顔を
誰にも見られずに済む、と安堵し、
アルミンは感情を曝け出した。
壁に辿り着くまでに泣き止めばいい。
そう思って惜し気もなく涙を溢していると、
後ろから回された腕の力が
強くなったことに気付く。

突然のことに驚いて、ピクリ、と身体が跳ねるが
ジャンは腕の力を緩めない。
背後からアルミンの身体をすっぽりと覆う
彼の体温は温かく、彼女を優しく包み込んだ。




(慰めてくれているの?)




彼の吐息が首筋に当たり、どきりとするが
アルミンはジャンを拒もうとはしない。
これは傷の舐め合いだ。
同期の裏切りにあったのは彼とて同じ。
心に傷を負った者同士、
悲しみを分かち合い、慰め合い、
そして再び立ち上がる。
彼らとまた刃を交わす日のために。






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