1 決して楽観視していたわけではないが、 これは余りにも惨い。 トーマスが巨人に食われるのを見た。 建物の間を跳び回っていた巨人に。 あれは普通の巨人ではない、恐らく奇行種だ。 丸飲みにされたトーマスを見て 激昂したエレンが、 剣を手に立ち向かっていくのを見た。 そして下から飛び上がってきた巨人に 左足を食われ、屋根の上に俯せで倒れ込む。 彼は苦し気にうめき声を上げている。 ワイヤーを引っ張られたミーナが 壁に叩きつけられ、 頭から巨人に噛まれるのを見た。 叫び声を上げる暇すらなく、 大人しく巨人の口の中に入っていくのを。 (なんで…僕は…) 衝撃的な光景ばかりが次から次へと 視界に入ってきて、 アルミンは最早恐怖すら感じていなかった。 ただ単に、 これが現実だと受け入れられない だけかもしれないが。 (仲間が食われていく光景を… 眺めているんだ…) 地獄絵図の中、 自分は剣を握る気力もなく、 両手をだらんと伸ばしたまま 班の全滅をただ待っているだけ。 (どうして僕の体は…動かないんだ…?) 巨人の餌になるため ただ突っ立っているだけの彼女を 知性のない巨人共が見逃す訳がない。 物陰から現れた巨人に頭を摘ままれて、 漸くアルミンの心を恐怖が支配する。 ふわりと浮く体の真下、 唾液で粘ついた大きな口が ぽっかりと開いているのを見て 体中に悪寒が走る。 「う、うわぁあぁぁぁ!!!」 喉から血が出る程の絶叫と共に アルミンは巨人の口内へ放り込まれる。 生暖かい舌の感触、生臭い粘液。 不快としか言い様のない暗闇。 手を伸ばしても掴んでくれる相手は 誰もいないと解ってはいるが、 手を伸ばさずにはいられない。 助けてくれる人間なんて 誰も残っていないと解っていても、 声を出さずにはいられない。 しかし、 ずるずると胃の中へと滑り落ちていく アルミンの体を間一髪で引き止めたのは、 眩い金色の光だった。 「!!」 伸ばした右腕をガッチリと掴んだのは 左膝から下がないエレンで。 彼はギリギリと歯を食い縛り、 その細い体のどこにそんな力があるのか、 片手でアルミンを引っ張り上げ、 彼女の身体を外へと放り投げる。 「エレン!!」 粘液にまみれた体で屋根の上に着地し、 すぐに彼を振り返ると、 エレン自身は未だ巨人の口の中に居た。 ーーー助けなきゃ。 反射的にそう思ったアルミンは すぐに駆け寄ろうとする。 しかし、足元が滑って思うように動けない。 「エレン!早く!!」 「…アルミン…」 閉じようとする歯の間で必死にもがいている エレンの瞳は、輝きを失わない。 こんなところで死んでたまるか。 約束したんだ、一緒に海を見に行くって。 幼い頃に交わした2人だけの約束。 生への強い執着だけで、 エレンは気力を保っていた。 「お前が…教えてくれたから… 俺は…外の世界に……」 …なぁアルミン。 実はさ、 俺ずっとお前のこと好きだったんだ。 思い返してみれば、たぶん 海を見に行こうって 約束したあの日から。 エレンが一番に彼女に伝えたかった言葉は、 最期の瞬間でさえ 口にすることが出来なかった。 勢いよく閉じられた口の端から エレンの左手が血飛沫を上げて飛んでいく。 その様は何故かスローモーションで アルミンの目に映り 彼女は空を仰ぎ見て慟哭した。 × → back 121/9 |