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ーーー…仕方無いでしょ?
世界は残酷なんだから。



ミカサのその一言で、漸く目が覚めた。


エレンも、アルミンも。
今自分がすべきことを瞬時に理解して
立ち上がり、"敵"と向き合った。




『作戦を考えた!』




ついさっきまで身体を丸めて泣いていた
アルミンの目は腫れていたが、
心の迷いを断ち切ったようで、
真っ直ぐに前を見据えていた。




『僕とミカサがあの穴と元の入り口から
同時に出る。そうすればアニは
どちらかに対応する。その隙にエレンは
アニがいない方から地上に出て、そして…』




明確な目的がないと巨人化が出来ない。
アニと戦うことを躊躇したのか、
一度巨人化に失敗しているエレンの傍らに
アルミンは膝をつく。
そして彼の肩に手を置き、
いつになく厳しい口調で言った。




『予定通り巨人になって、
捕獲に協力してもらう。いいよね?』




『…ああ…』




一度噛み千切った親指からは血が流れている。
傷の修復も始まっていないので、
激しい痛みがエレンを襲う。
次は失敗しないで、巨人化出来るだろうか?
彼の不安を察したのか、
アルミンは心を鬼にして言い放つ。



『エレン、もう一度イメージしよう。強く!
女型の巨人を捕獲する!』




『………!!』





至近距離で彼女の蒼い瞳を覗き込んだ時、
それまで暗闇の中を揺蕩っていた心が
燦然とした光を放ち始めた。

誰よりもアニと戦うのが辛い筈のアルミンが
女型の巨人の正体を割り出し、作戦を立案し、
アニを誘き寄せる役目を担ったのだ。
それは苦渋の選択だったはずだ。
さっきまで敵を前にして
無防備に泣き崩れていたんだから。

そのアルミンが今、
立ち上がって声を上げているんだ。
戦いから目を背ける訳にはいかない。

…そうだ。ミカサが言っていた。




"世界は残酷なんだから"





『………だよな』







なぁ、アニ。
お前…何のために戦ってんだ?
どんな大義があって、人を殺せた?









◆◇◆◇◆◇




ストヘス区内に甚大な被害を及ぼしながらも
女型の巨人は拘束された。
拘束される寸前、
アニは全身を強固な水晶体で覆い、
深い眠りについた。
水晶体は鉄以上の硬度、
そしてアニが生きているのかもわからず、
情報を引き出すことは不可能だ。

水晶体となった彼女の身柄は
地下深くに収用されることに決まった。

この日起きた事件はそれだけではない。

巨人化したエレンと女型の巨人との戦闘により
皹が入った壁の中から、
生きた大型巨人が発見されたのだ。
混乱を極める中、ハンジの指示の下
直ちに日光を遮断し、
日没後に本格的な補修作業を行うこととなった。

息もつかせぬ展開に、アルミンは両手で顔を覆い、
その場にしゃがみこむ。
ーー…ここはストヘス区内の憲兵団支部。
一時間後に
この日を総括する会議が行われる予定で、
アルミンも出席するよう団長に命じられている。
中庭にある噴水をぼんやりと眺めながら、
アルミンは柱に寄りかかり、
一度頭の中を空っぽにしようと目を閉じた。
しかし、瞼の裏に
アニの最後の微笑みが鮮明に甦ってしまい
それを掻き消すように慌てて目を開ける。

あの時、アニはケラケラと笑っていたが、
少しも笑っていなかった。
泣いていた。傷付いていた。傷付けた。


ミカサの言葉を借りれば、
彼女の心をズタズタに削いだんだ、自分は。




「………うっ、」





ぼやける視界。
噴水の音が、まるで自分を慰めるかのように
さらさらと清らかな音を立てている。
エレンは疲弊して眠っているし、
ミカサは彼に付きっきりだ。
今、自分の心を救えるのは自分だけだと
アルミンは両手で自らの肩を抱く。

今まで2人に散々守られて生きてきたのだから、
そろそろ1人で生きていけるようにならなくちゃ。
甘えてはダメだ、と自らを叱咤するアルミンに
後ろから近付く影があった。




「おい」




「!」




「こんな所に居たのか」





耳にじんわりと響くその声を聞いて、
アルミンは慌てて涙を拭う。
怪我のため、今回作戦に参加できないリヴァイは
黒いジャケットを羽織った私服姿で
廊下の端に腰を下ろしているアルミンの傍に立つ。
泣き腫らした彼女の顔を見て一度目を見開いたが、
何も聞かずに隣に腰を下ろした。




「…捜した」




作戦の後はどうしても恋人の姿を捜してしまう。
生きているのか、不安になる。
今回、戦場に赴くのは彼女だけなので
リヴァイは余計に不安に苛まされていた。
自分が見ていない所で、
彼女の命の灯火が消えるようなことがあったら。
今まで何百という部下の死に顔を見てきたが、
恋人の死を悼むのは耐え難い苦痛である。
一度永遠の別れを経験しているからこそ、
余計に恐怖心を抱くようになってしまった。




「そんな冷てぇ柱なんかに
寄りかかってんじゃねぇ…こっちに来い」




ふーっと安堵の溜め息を吐いて、
その華奢な肩を抱き寄せると、
アルミンは何も言わずにリヴァイに身を預けた。


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